第36話

「はい、薫さん、あ~ん」


「今サラダ取り分けるわね」


「お酒は足りてる?」


四方八方からの声に、1つずつ対応していく。

その内、聖徳太子みたいになれるんじゃないか?

そんな事を頭で考え、バカだなと心の中で笑った。


いつの間にか王子様扱いばかりの日々。

街を歩けば女性に声を掛けられたり、喫茶店に入れば注文の品と一緒に連絡先が書かれたメモを渡されたり。

別にイケメンキャラを目指している訳ではないのだが、周りがそうするもんだからどうしようもない。


髪を短くし、ボーイッシュな格好をするようになってから、どれくらいの女性に告白をされたっけかと思い返してみるも、無論両手では足りないくらいだ。

別に誰かと付き合いたいという気持ちもないし、寂しさがある訳でもない。


試しに女性と付き合ってみた事もあるが、相手は自分を飾り物にするばかりだし、好意が伝わってこないのだ。

一緒にいても楽しくないし、すぐに別れたのは言うまでもない。


数人の男性と付き合ってみたが、『お前が男と手を繋いでる所を見たって、からかわれたから別れてほしい』と言われた時は唖然とした。

何でか解らないが、暫く外れくじばかり引いていた気がする。


「ねねっ、薫さんの好きなタイプは?」


お決まりの約束。

それを聞いてどうすんだと思うものの、薫は律義に答える。


「ん~、そうだなあ。

 優しくて、一緒にいて疲れない人とかですかねえ」


ぶっちゃけ、理想のタイプはいない。

好きな俳優や女優はいるが、それはそれなのである。


「あたし、薫さんとなら、たとえ女性でもお付き合いしたいです」


頬を赤らめながら言われても、微笑みながら流す事しか出来ない。

下手な事を言うと、大抵相手が本気になり、厄介な事になりかねない。

…過去にそういう事があった事もあり、尚更そう思う。


「薫さんは結婚しないんですか?」


これもお約束だと、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「結婚したいなって人が出来たら、するかもですよ」


それ以上でもそれ以下でもない。

当たり障りない言葉を選んで口にする。


結婚には興味がない。

誰かと生涯を共にしたいなんて、想像が出来ないな。


結婚だけが幸せじゃないし、いろんな形の幸せがあると思っている。

それだけに囚われるのは違う気がするも、薫は言葉にはしないで酒と一緒に飲み込んだ。

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