第34話

「あ、美鈴ちゃんには山田さんがいるもんね。

 今日は来てくれると思うよ」


にっこりと、意味ありげに微笑む先輩に対し、美鈴はあやふやな笑みを返す。

先輩に対して、何となくではあるが怖さを感じてしまった事への戸惑い。

自分で自分を落ち着かせながら、その場をやり過ごす事にした。


「あれ、もう来てたんだね~…って、既に飲んでるし!」


作業場の女性陣グループの1つが到着した。

先輩にバレないように、美鈴はそっと胸を撫で下ろす。


それまで好きな席で飲んでいた美鈴達だったが、それぞれの席に移動をした。

残っていたビールを飲み干し、店員にジョッキを渡して下げてもらった。


暫くすると、ぞろぞろと双方の会社の参加者が集まり始めた。

それに合わせるように、飲み会コースの料理が大皿に盛られてやってくる。

先陣をきって美鈴が取り分けていると、作業場のお姉様達も手伝ってくれた。


「あっ、薫さん!」


誰かの声に、女性陣が反応して出入口の方を一斉に見る。

遅れて美鈴も見てみると、黒いジャケットに白地のシャツ、黒のカラーパンツに白のスニーカーの薫が、こちらに手を振りながらやって来た。


「お疲れ様です」


女性陣に迎え入れられ、薫は先輩の隣に腰を下ろした。

先輩の顔を見てみれば、いつもと変わらない表情を纏っているものの、嬉しさは隠しきれていない。

本当に薫に恋をしているのだと、美鈴は改めて思った。


テーブルは2列になっていて、右側が男性陣、左側が女性陣と別れている。

が、酒が進んだ頃には席を行き来する人達が現れ、男女混合になってそれぞれ座り始めるので、綺麗に男女が別れているのは最初の内だけだ。


美鈴は出入口近くの席で、左を見ればちょうど薫の顔がよく見える。

当の薫は同じテーブルの面子と、楽しそうにお喋りをしている。


先輩の話を聞いたせいか、何となく気分が少し落ちていた。

人の過去の話は色々あるし、恋愛の話も同じだ。

それは解っている。

ただ、ちょっと別なところが引っ掛かっていた。


喉に魚の小骨が刺さったような感じ。

先輩の瞳に映った感情が、もやもやとしていて。

気のせいだと流したいのだが、上手く流せない歯痒さ。


気にしないようにしよう。

自分の思い過ごしかもしれないし。


頭を軽く振り、気持ちを何とか切り替えた美鈴は、乾杯の時を待つ事にした。

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