第32話
亨の手のひらに頬を包まれ、そっと撫でられた。
「俺たちから逃げようとするな。お前まで、裏切らないでくれ」
咲良は亨と真の母親ではない。裏切るはずがないではないか。咲良が恋人を作りたいと願うことのなにが裏切りになると言うのだろう。
そう反論したいのに、亨の雰囲気に圧倒されて、口を開けば声が震えてしまう。
「お前は、どこにも行かなくていい」
目を瞑れと言わんばかりにまぶたに触れられて、そっとまぶたを伏せると、なにかが唇に触れた。亨の息遣いが唇に触れたことで、それが彼の唇だと知る。
「な、に……なんで、口に、するの?」
頬や額にキスされるのはいつものことだが、唇でキスをしたことはない。稀に触れてしまうことはあっても、狙って唇にキスをされたのは初めてだった。
「したかったから」
「理由に、なってない」
「理由があればいいのか?」
そう言って彼はふたたび唇を重ねてくる。今度は軽くちゅっと音を立てながら、唇を軽く食まれた。
「そうじゃ、なくて」
妹とキスをするなんておかしい。
したかったから、なんてふざけた答えに憤りを感じるのに、唇にキスをされていやだと思えないことこそがおかしいと気づいてしまうと、身体が金縛りにでも遭ったかのように動かない。
「いつもしてるだろ。頬も口も変わらない。おかしいと思うなら、犬に顔を舐められてるようなもんだと思えよ。そのうち慣れるだろ?」
「変わるよ……それに、口にキスされて慣れるわけないでしょ」
「そうか? お前さ、俺がベッドで抱き締めても、最近は全然抵抗しなくなったよな? 今だってそうだろ? 一年前は俺のこと殴ってきたのにな」
「え……?」
たしかに両親が海外に行った一年ほど前から、ベッドに引きずり込まれたり、抱き締められてたりすることが増えた。それにすっかり慣れてしまっていることにようやく気づく。
最初こそ、なにをするのかと抵抗していたが、抵抗すればするほど執拗に抱き締められるため、最近では諦めてじっとしていた。
(ちょっと……確信犯なの?)
亨の言うとおりだ。このまま毎日、唇にキスをされ続けたら、仕方がないな、でそのうち済ませてしまう自分を簡単に想像できた。
妹溺愛の兄がするキスはキスじゃない。犬に舐められてるようなものだと考えるようになるだろう。
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