第31話

「いらないなんて言ってない! 亨くんと真くんはずっと、一生私のお兄ちゃんだし」

「一生お兄ちゃんのままだけでいるつもりはねぇよ、俺も、真も」


 恋人ができたら、今までのように咲良にだけ構っていられない、という意味だろう。何度も言われなくてもわかっている。それでも現実を突きつけられるたびに、胸がずきりと痛んだ。


「わ、わかってるよ」

「お前は全然わかってない。お前さ、恋人同士がなにするか、知ってんの?」


 車がスピードを落とし、自宅の駐車場へと停められた。

 エンジンを切ると、車内のライトが点灯する。いつものようにシートベルトを外そうと手を伸ばすと、腕を掴まれた。


「なにするって?」

「だから聞いてんだろ? お前さ、男と付きあってなにがしたいの?」

「なにがって……普通にデートとか、ご飯食べに行くとか?」

「それだけじゃすまねぇぞ?」

「きゃ……っ」


 突然、シートを倒されて、亨が覆い被さってくる。彼の体重が直にかかり、身動きがまったく取れない。


「ちょ……亨、く……退いて」


 エンジンを切って時間が経ったからか、車内のライトは明かりが消えてしまい真っ暗。外灯からの明かりで互いの表情がなんとか見える程度だ。


「朝のマーキングとっくに消えてるだろ。身体中に俺の匂いつけておこうな」


 亨は全身を密着させて、首筋に顔を埋めてくる。彼の息がかかり、くすぐったさに細い首を仰け反らせると、ねっとりとした舌で舐められた。


「んっ」


 腰から不可思議な熱が湧き上がり、じっとしていられなくなる。


(なに、なんなの……これ)


 いつもとはなにかが違う、そんな混乱の最中、咲良が微動だにできずにいると、興奮したような亨の息遣いが漏れ聞こえてくる。


「お前、こういうこと、俺たち以外の男にされて平気なのか?」


 違うと言ってくれ、そう乞うような亨の声が耳に届く。

 切なく、泣きそうな亨の表情に驚き、咲良は息を呑んだ。

 彼の傷ついたような顔を見ると、自分のなにが悪かったのかもわからないのに謝りたい衝動に駆られる。


「頼むよ……恋人が無理なら、一生、兄だっていい」

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