第10話

「あはははっ、だめ、ほんとにだめだってばぁっ! じ、時間……ないのにっ」


 身を捩り、真の手から逃れようとするが、片方の手を腰に回されてがっしりと掴まれていては身動きが取れない。


「ひゃあっ、あははっ……ん、っもう……やめ」

「あ~その声、けっこうクルね。これじゃ俺も亨のこと言えないよな」


 耳のすぐ近くから真の声が聞こえて、なにやら腰が震えるような感覚が押し寄せてくると、脇に触れていた手のひらが横に滑る。

 胸の柔らかい肉に一瞬だけ手が触れたような気がして、咲良はぴたりと身体の動きを止めた。


「ほんっと、可愛い」


 首筋に彼の息がかかり、後ろからちゅっと音が聞こえてきた。うなじを噛まれたと気づいたのは、真の吐息が首にかかったからだ。


「やだ、真くん、首舐めないでよ」

「ただの愛情表現だよ。咲良が可愛すぎるのがいけない」

「妹を溺愛しすぎ!」

「そうかな? これくらい普通だと思うけど」


 真の腕からようやく逃れた咲良は、新しいシャツを出して羽織った。待ってましたとばかりに真がボタンを留めてくる。


(こんなんだから、亨くんたちにも恋人ができないんじゃないの……?)


 朝から笑い疲れるとは。けれど、多少愛情過多だとは思うけれど、兄妹仲の良さは咲良の自慢でもあった。

 両親の再婚で家族になったのに、いつの間にか二人とも砂糖を吐くほどに咲良を甘く溺愛する。その愛情がうそではないとわかるから嬉しかった。

 二人がこれほどに咲良を構い倒すようになったのは、両親と離れて暮らし始めた一年ほど前からだ。

 それまではハグや頬へのキス程度で、ベッドに引きずり込まれるようなことはなかったし、着替えを手伝われるなんて小学生以来。

 ただ、両親の分まで二人が甘やかしてくれているとわかるから、亨を朝起こすのも、真に着替えさせられるのも、仕方ないなの一言で許してしまう。


(ブラコン……ほんとどうにかしないとって思うんだけどね)


 咲良は男性とのお付き合い経験がない。これも二人の兄のせいである。

 亨も真も、咲良に近づく奴は許さないというオーラを隠しもしないため、男性と二人で出かける、いわゆるデートさえ一度も経験がなかった。

 このままではいけないと思いつつも、兄たちに甘やかされる状態は心地好く、ずるずると抜けだせないでいる。もしかしたら亨と真も同じなのかもしれない。

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