第40話

立ち上がった蓮は、そのまま台所に向かい、煙草を吸い始める。

換気扇をつけると、乱雑に座った。


やり過ぎてしまった椿はバツが悪く、どうしたもんかと頭を抱える。

とにかく、謝らなくては。

そう決めると、恐る恐る蓮の元へ行った。


「お、お隣失礼しまっす」


蓮の前を通ると、蓮の左側に腰を下ろした。


「あ、あの~、ほんっとにやり過ぎてすみませんでした」


声を掛けてみるが、蓮は椿に視線を向ける事はない。


「蓮の気持ちを、逆撫でするような事をしてしまい、申し訳ないです」


反応は先程と同じままだ。

椿の心に、焦りの色が滲み始める。


「せ、折角気を遣って下さったのに、ええと、その…」


何と言って謝罪をすればいいのか解らず、遂には口を閉じてしまった椿。

無言のままの状態が、虚しく続いていく。




長い時間、無言が続いたように思えた頃。


「過去に、何かあった?」


質問の意味や意図が解らない椿は、首を傾げる。


「さっき、いろんな人を惑わせてきたのかって言ったら、急に顔色が変わったから。

 何かを企んだようには見えなかったし、気になった」


「ああ、それですか…」


言って、苦笑いを浮かべる。


「気になります?

 あたしの過去の事」


「まあ、ほんのり。

 けど、無理に聞こうとは思わん」


相変わらず前を向いたまま。

けど、その声は怒ってる訳ではないのは解る。


「…居酒屋に行ったら話す、とか言うんか?」


もう1度、苦笑い。


「もう言いませんよ。

 ずるはなしにしますって」


「居酒屋、そんなに行きたかった?」


「まあ、それはちょっとありますが、本音は蓮がそういう場所を楽しんでくれたらと思っただけですよ」


会社と家の往復ばかりじゃ、つまらないと思ったから。

『外』の空気も、案外悪いもんじゃないよって、言おうかと思ったがやめた。


「…やっぱり、居酒屋行こ」


「えっ?」


「さっきも言ったように、たまにはあんたにも休んでほしいから」


不器用な人。

けど、優しい人。


ちらりと蓮が椿を見る。

目が合うと、照れくさそうに目を反らすから、椿は蓮の顔に両手を伸ばし、そっと頬を包みながら、互いの視線を合わせた。


「蓮は優しいですね」


頬に触れるのをやめ、蓮の頭を撫でた。


「別に優しくなんか…」


言い掛けた蓮の口唇に、椿は右手の人差し指を添えた。


「優しいです。

 じゃあ、居酒屋に行くの、楽しみにしてますね」


そう言って、椿は子供のような笑みを浮かべた。

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