第36話

「誰かと付き合うの、嫌になっちゃってさ。

 いや、また裏切られんのが怖いんだな。

 だから、人とは適度に距離を取るようにしてる。


 特定の人を作らないのも、そのせい。

 だったら、ワンナイトの方がお気軽だし傷付く事もない。

 …寂しさも、一瞬埋まるし。


 でも…」


そこで言葉を区切った蓮は、何かを考える。

椿は黙って、蓮の次の言葉を待つ。




「あんたが…。

 今はあんたがいるから」




意外な言葉に、椿の眉が上がる。


「何もなかった生活に急に現れて、嘘くさい事ばかり言われて。

 疑心暗鬼になったけど、何処か信じてもいいような気もして。

 静かな生活が一気に五月蠅くなったけど…別に…嫌では、ない、かな」


酔っている訳ではないのに、口からは流暢に素直な言葉が出てきたもんだから、蓮自身驚いた。

が、1番驚いているのは椿で。


「あんたがいるから、寂しいって思う暇がない。

 きっとそれは、悪い事じゃない。

 ネガティブな私を、嫌な顔をしないで励ましてくれて…。

 そうは見えないかもだけど、これでも感謝、してる…」


改まって言われるのは、恥ずかしくて、照れくさくて。

背中の辺りが、むず痒いというのが正しいだろうか。


「ちょ、ちょっと蓮、急にどうしたんですか!?

 いきなりそんな、いや、素直な蓮ってかなりレアですけども!

 こっちが照れくさいじゃないですか!

 ぶっこんでこないで下さいよ!

 何ですか、愛の告白ですか!?」


けして怒ってる訳じゃなくて、ただ、恥ずかしくて。


「私にはぶっこみまくってくるのに、自分がぶっこまれるとそうなんのな。

 たまには私の立場を味わえ、こんにゃろう。

 てか、残念ながら愛の告白ではないわい」


わたわたする椿を見て、蓮は楽しそうに笑う。

初めてちゃんと『笑う』蓮を見て、椿は再び驚く。


「今日は機嫌がいいんですねっ!?」


「別にいつも機嫌が悪い訳じゃいさ。

 あんたがアホな事をしなけりゃあ、私は大きな声をあげたりしねえっての。

 は~、もう一本飲むかな」


「あっ、あたしも飲みたいから持ってきて下さい」


「自分で持ってこいよ、人を使うな」


「今の流れで、意地悪言わんで下さいよ!」


腕を振り上げた椿をかわそうとした蓮だったが、避けきれず。


「わ、わわわっ」


勢い余った椿は、倒れた蓮の上になだれ込んだ。

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