第35話

ただ単に、一夜限りを重ねてきた訳ではなくて。

性欲を満たしたいというのも、勿論あったのだけれど。


「…私さ、結婚を目前に別れた彼氏がいてさ」


椿と視線を合わせないまま、蓮が口を開く。


「大学生の頃に知り合った、同い年の奴と付き合っててさ。

 4、5年くらい付き合ってたんかな。

 奴はサークルに入ってたから、いろんな友達がいて。

 共通の友達に誘われた飲み会で知り合って、仲良くなった。

 いい関係を築けてたんだ。

 奥手な私も、奴と関わってから少し変わって。

 今みたいな感じではなかったんだよ」


それはそれは幸せだった。

夢のような一時だった。


「つまらん話だから、酒でも飲みながら話すかね」


立ち上がった蓮は椿に手を差し伸べ、立ち上がるのを促した。

椿を先にリビングに行かせると、蓮は冷蔵庫から缶ビールを2本取り出し、それを持って椿の元へ。


2人並んでラグに座り、缶ビールを椿に渡し、どちらともなく乾杯をした。

ベッドの端を背もたれにしながら、ビールを飲む蓮。


「それまでも何人かと付き合った事はあったけど、この人となら結婚していいなって思えたくらいだった。

 距離感もちょうど良くてさ。

 いい付き合いが出来てたと思う。

 私は結婚を意識し始めた。

 大学を卒業して、私も奴も働き始めて。

 忙しかったけど、たまに逢えんのが嬉しくて。

 そろそろ家族に紹介したいって言ったら、まだ待ってくれって言われてさ。

 その辺りから、急に逢う回数が減っていった」


相変わらず椿とは視線を合わせずに。

椿は時折、蓮の横顔を窺う。


「プロポーズ…される事、人並みに期待してた。

 けど、結果はお前とは結婚出来ないって、一方的に別れを切り出されてさ。

 そしたら、間を置かずに奴は結婚。

 共通の友達から聞いた話だと、高校生の時に付き合ってた彼女と一回別れたんだけど、忘れられなくてやり直したって。

 それが、私と付き合ってちょっとしてからだったんだって。

 素晴らしい程の二股だったって訳だ。


 大きな裏切りを味わってからは、奴は勿論、奴関係の連中とも縁を切った。

 誰を、何を信じていいのか、解らなくなっちゃったんだ。

 その頃仕事は、今みたいにいじめられてなかったのは、幸いだったんだけどね。

 ほんっと、人生ってしょっぱいぜ」


ぐいっとビールを飲んだ蓮は、椿の方を見るとふっと笑い、また視線を前に戻す。

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