第16話

ふわつく気持ちが、きちんと形になったというか。

気持ちが心に着地した感じと言った方がいいか。

蓮の心は、緩やかに動く。


立ち上がり、近くにあった小ぶりの棚の引き出しを開け、何かを取り出し、また元の場所に座る。

女性がちらりと蓮の手元を見ると、判子が握られていたのが見えた。


「あ~あ、私の人生、どうなっちまうんだか」


テーブルに置いていたボールペンを取り、契約書に名前をさらさらと書いていく。

その様子を、女性はテーブルに頬杖をつきながら見ている。


「ご主人様(仮)が何を考えているのかは解りませんが、想像を超える生活が送れますよ」


「神とやらと生活する時点で、想像を超える生活だっての」


「ふふっ、それもそうですね」


記入を終えた蓮は、躊躇う事なく契約書に捺印をした。

すると、契約書が一瞬白く光った。


女性は頬杖をやめ、体を蓮の方に向けると、頭を下げた。


「契約成立。

 ご主人様(仮)、改め『水野蓮』様、これからどうぞよろしくお願い致します」


「あ~、うん、よろしく…椿…さん」


何だか照れくさくて、視線を反らしてしまう蓮を見て、女性、改め椿は笑う。


「あたしの事は椿と呼び捨てて構いません、ご主人様」


「てか、神様が人間に『ご主人様』って呼ぶの、変じゃない?」


「あたしの経験上、男女問わず『ご主人様』って呼ぶと、大体契約してくれんですよね。

 なおかつ、めっちゃ低姿勢で対応するのも大事でして。

 あたしの友達は、初対面の人なのに、いきなり大きく出たら、相手から殴られたとか」


「…あっそ(神を殴った奴、いるんだ…)

 あんたが自分を呼び捨てにしろって言うなら、あんたも私を呼び捨てにしてくれんとフェアじゃないぞ」


「公平さはいらんのですが…ご主人様がそう仰るなら、『蓮』とお呼びさせていただきます」


くすぐったいな。

心が落ち着かない。

誰かと一緒に暮らすなんて、いつぶりだろう。


「神様と同棲か。

 こりゃあ悪い事は出来んな」


「犯罪はNGですよ。

 まあ、出会い系の方とイチャコラなら大丈夫ですから」


蓮はぶふっとむせる。


「あ、ちなみにですが、なるべくこの十字架は身に着けていて下さいね。

 もし形に不都合がありましたら、もっと小さくするとか、またはピアスとかに変える事も可能ですので」


「何で付けなきゃいかんのさ」


「蓮のお守りになるからです。

 万が一、あたしが傍にいれない時は、この十字架が助けてくれます。

 あたしの家でもあるんで、壊さないように…くれぐれも壊さないようにご注意下さいね」


大事な事だからか、2回言われたが空返事をしておく蓮。

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