第27話
「…抗うほどに逃れられなくなっていく…か…」
私の言葉を繰り返して譫言のように呟いた叔父上は、少し何か考えているようだったが、暫くすると柔らかく微笑んだ。
「…それは、それがお前の宿命だからかもしれんな。久保」
少し笑っている叔父上がくれた答えが、嫌と言うほどしっくりきてただ黙り込むことしかできない。
宿命。
それは生まれながらに定まっているもの。
そして…変えることも逃れることもできないもの。
だから。
宿命だから…逃れることができないと…?
すると叔父上はその腰の懐剣を鞘ごと引き抜いた。
これで腹を切れと言われると思った。
だが叔父上は私に近づくと、この腰にあった懐剣も鞘ごと引き抜いた。
ただ違ったようでぼんやりとしている私に叔父上は小さく笑うと、床に自分の懐剣を置く。
するとそれに私の懐剣を互い違いに重ねて置いた。
「…何に見える」
唐突に聞かれて、それを見つめる。
涙でぼやけるそれは。
いつも己が何者かを、思い出させてくれるものに見えた気がした。
「…………………
当てずっぽうで答えたそれに、叔父上は正解だと言わんばかりに頷く。
「そうだ。我ら島津の家紋じゃ」
島津の家紋…島津十文字。
懐剣で示されたそれを見つめる。
「これは…何だったか?」
「…二匹の龍…でございます…」
十字を切り、二匹の龍が天に昇っていく様。
それが島津の家紋。
そこまで答えると、叔父上は満足そうに笑った。
「…この龍は…確とお前の中に眠っておる。
お前自身は…まだ気づいておらんだろうがな」
どういうことだ、と眉を顰めてその顔を見ると。
叔父上はどうしてか柔らかな微笑みを湛えていた。
「…そのようなお前だからこそ、わしは家督を継いでほしいのだ」
泣いてぼんやりする頭では理解できずに、聞くことしかできない。
すると叔父上は、目の前に置いてある重なり合った懐剣を見た。
「わしはな、久保。
我らの島津の背負うこの龍が一匹ではなく二匹だということにも…ちゃんと理由があると思っておるのだ」
そう言われて、同じ様に十字に置かれたそれを見つめる。
理由…?
島津家の家紋であるこの十文字の龍に……?
泣き腫らした頭ではあまり良く理解できない。
すると叔父上は、静かに呟いた。
「…人は一人では何もできぬ。家臣だけでは家は纏まらぬし、当主だけでは何も始まらない」
叔父上はそう言って、そっと私の顔を見た。
「当主と家臣が共に手を携えてこそ、今の島津があるのだ。
…ここまでこれたのだ」
ここまで。
それは、敗北のその先。
その言葉がずしりと胸に沈んでいく。
そんな私の感情に気がついたらしい叔父上は、深く息を吸うと力強く言い放った。
「当主となる我ら宗家の者と、家臣達との揺るがぬ結束力。
それが島津の誇るべき強さだ。
島津は、当主と家臣…互いが無ければ在れぬものぞ。
—————————この二匹の龍のようにな」
互いが無ければ…在れぬもの。
その言葉を頭の中で反芻して、目の前の懐剣の十文字を見つめる。
天に登る二匹の龍と言われる我ら島津の家紋。
当主にとって、家臣が。
家臣にとって…当主が。
ただ…互いに息をする為に必要なのだと。
「島津の…強さ…」
思わず、譫言のように呟いていた。
その結束力が。
皆が誓ってくれる忠誠心が。
—————————この島津の強さなのだと。
「…そうじゃ。…そして家臣たちのその揺るがぬ結束力を作り上げるためには…何が必要だと思う。久保」
尋ねられて、考える。
揺るがぬ結束力。
それが何の下に集うのかと考えると。
それは。
「家臣を想い…心からから慈しみ守ることができる当主だ。
それでなければ…決して人は着いて来ぬ」
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