第23話

「…もちろん血筋も大事だが、わしは何よりも人望とその器だと思うておる。皆がついてこねば意味がない。




…のう、久保」












そう言った叔父上をそっと見ると、視線が絡み合う。







…いや、まだわからない。

 






   



血筋だけなら、私が逃れられないないのは百も承知。






他の二人…豊久殿と彰久殿と比べると、どう考えても血筋は私が宗家に一番近い。







ただ、血筋よりも人望と器だと叔父上は言った。







落ち着けと己をただ落ち着かせる。










——————人前で惑ってはいけないと。









私の世界から色を無くした誰かの教えを、皮肉にも自分の手で己に突きつける。








暫くして叔父上はふと目を逸らし、立ち上がる。







そして縁側に立って夏の空を見上げた。






 

 




「…久保」





 






名を呼ばれて、そっと体をそちらに向ける。







それを見た叔父上は静かに続けた。






















「もし…一人の家臣の命と…家の名誉が天秤にかけられた時…







……お前はどちらを守る?」


















 




熱を帯びた風がこの空間に吹き抜ける。




 



暑さを纏った…夏の薫りと共に。












「…それは…」




  




ここで間違った答えを言えば、家督は継がなくて済むのだろうか。







……いや、きっとそうではない。







こんな問答ひとつで真の後継者を決めるほど…叔父上は短略的な人ではないと知っている。







ならば。









…今だけは心の中を…島津を想う気持ちだけにして。







もう片方の心を…力尽くで捻じ伏せて。


 







ただ純粋に、己が思う方を選ぼうと思った。








振り返った叔父上を、ただ真っ直ぐに見つめた。



























「——————————家臣、でございます」






























さらりともう一陣の風が吹き抜ける。





 




「…それは何故じゃ」


      







感情の抑揚もなく落とされた言葉に、そっと口を開いた。












「…家臣は宝にございます。家臣の命すら守れずして…何を守れるというのでしょうか」










この心の半分を支配する、島津の名から逃げ出したいという投げやりな心を捻じ伏せてしまえば。









ただ守りたいとだけ思った。










こんな非力な自分でも。







大切な家臣達を。








先の九州征伐ではただ守られるだけで何もできなかった…こんな自分でも。







—————————いや。








無力さ、不甲斐なさを知る自分だからこそ…できる守り方もあるのかもしれない。







私にしかできない、守り方が。

















「…そうじゃな」








叔父上の優しい声色の後、広がる沈黙を蝉の音が誤魔化してくれる。









暫くして、叔父上が消え入りそうな声で独り言のように何かを呟いた。








だが蝉の音に邪魔をされ、上手く聞き取れなかったと思って少し目を細める。







すると叔父上は深く息を吸って振り返った。









「…久保」







「はい」








「…お前、義弘から聞いておるな?」









それに暫く考えるが、何を?と思う。








だけど思いつかなくて、聞くしかないと思う。









「……何を…でしょうか」










いぶかしげに聞き返した私に、叔父上は溜息をつくと頭を抱えた。








「あのたわけが…」








それは父上の事だと思うが、何のことかはさっぱりわからない。








そんな私を見て全てを察したらしい叔父上は、目の前に立つと一息に告げた。

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