第29話

夜の帷が降りて、城内を松明が照らす。






その炎の揺らめきは、至る所に立てられている漆黒に白字の島津十文字の幟をゆらゆらと照らしていた。





 





「おぉ…亀寿様」








「これは…なんとお美しい…」










父上がいる部屋に入ると、父上の側近の上井覚兼殿と、新納忠元殿が出迎えてくれた。








父上の前に座り、手をついて頭を下げると。







優しい声が降ってきた。











「ほんに…美しいぞ亀寿。なんと良き日であろうか」







「父上…」








顔を上げると、父上が寂しそうな笑顔を浮かべていた。








「うむ…嫁に出すわけではないが…何とも感慨深いものだの。いや、出しはするのか…」








俯いてしまった父上に、上井殿が声を上げる。








「殿。しっかりなされませ!良き日に、辛気臭うございますぞ!」







「いや…確かに…娘の祝言は…寂しいものにござる…某も娘が一人おりましてな…」






白髭を触りながら新納殿が昔話を細々と呟きはじめて、父上が薄く笑った。







「いかんいかん、また忠元の昔話が始まってしまうぞ」








父上が声を上げて、皆が笑う。







一頻り笑うと、もう一度頭を下げた。








「父上。…長い間、お世話になりました。これからも島津のお家の為、励みまする」







父上は、頷いて笑った。







「この良き日を迎えられたこと…誇りに思う。これからは婿殿をしかと…」







言葉を切った父上に、不思議に思って顔を上げる。







どうしたのだろう、と思うと父上は優しく笑っていた。








「……真に…蓮に瓜二つだな」 





 


その言葉に、上井殿と新納殿も沁み沁みと頷いていた。







「母上に…でございますか?」



 





顔も知らぬ母の名を、久々に聞いた気がする。







妙蓮夫人、と呼ばれていた母の名は、『蓮』。








母も着ていたというこの白打掛の重みに、誇りを感じる。








静かに頷いた父上は、柔らかく微笑んだ。









「これからは婿殿を、しかと支えるのだぞ。島津宗家当主の正室として。…よいな?」








「はい」







島津宗家の当主の…正室。






その名の重みに、押し潰されそうになる。






だけど。








「…久保様の妻として…励みまする」



 







できる限り、やってみるしかない。






それが、私の役割なのだから。

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