第27話
「亀寿様。お待たせいたしました」
呼ばれて、打掛を翻して振り向く。
「こちらへ」
志乃に言われるがままに着いていき、一つの部屋に入る。
そこにあったものに、目を見開いた。
「これ…は…」
その美しい純白に目を奪われる。
思わず近づいて手を伸ばすと、志乃が床に手をついて頭を下げた。
「はい。島津宗家に代々伝わる白無垢でございます。太守様が私にお預けくださいました。亀寿様が上洛なさると決まった時に」
「父上が…?」
「はい。宗家故…難しいかもしれないけれど、なるだけ亀寿様を守ってくれる、少しでも亀寿様が望む方と添わせてやりたいのだ、と。もしもそうすることができたら、姫に着せたいのだと」
それを聞いて、あの日の父上の言葉が蘇る。
『…嬉しかったのだ。島津義久としてではなく、ただ一人の父親として。娘をくれてやるのはそのくらいの気概のある男でなければ』
衣紋掛けに広げられた、美しい桜の刺繍がされた白無垢。
これは、もしかして。
「姫の御母上様の円信院様も…お召になった白無垢とお聞きしております。宗家の御婚儀の時にだけ、御内儀がお召になられる白無垢、と」
その繊細な刺繍に触れる。
母は私が2歳のときに亡くなった。
顔も知らぬ、母が着たもの。
それは本当に、島津宗家当主の妻になる者だけが着ることを許される…由緒ある白無垢。
「姫がお望みにならぬ婚儀になりそうな時は…この白無垢のことは知らせずに、新たな白無垢を誂えよとの命でして。でも、無用な心配でした」
その言葉に、父上の優しさを見る。
きっと、私が嫌がる婚儀で宗家伝来の白無垢を着せるのは酷だと。
そのような重みのある白無垢は、私が島津宗家に生まれた事すら憎んでしまうから。
「杞憂にございましたね。姫様、又一郎様との御婚儀…真に嬉しそうでしたのでお見せしてしまいました。私も嬉しゅうございます」
「嬉しそう…では…」
嬉しい、と。
久保様に胸の内を言ってしまった日を思い出して、口を噤む。
そうだ。
私は嬉しい、のだ。
彼の妻になれることが。
家のため、ではなく。
「…いえ…。嬉しい……」
それを聴いて、志乃は私の打掛をそっと脱がせると、白無垢を衣紋掛けから外す。
そして少しだけ、とそっと肩に掛けてくれた。
「まぁ。なんとお美しい。御婚儀が楽しみでございますね」
そう呟く志乃の目に涙が浮かんでいた。
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