第25話
落ち着いて一息つき、久しぶりの生まれ育った城の空気に目を細めていると、志乃は私の荷を解いてくれた。
「また亀寿様が薩摩に戻られ…お側に仕えられるなんて…夢のようです」
私は1年程で薩摩に戻ることができた。
これは、異例のことで。
「もう、ずっと薩摩にいらっしゃるのですよね…?」
心配そうな志乃に、ちくりと胸が痛む。
「それが…」
少し俯いた私を、志乃は不思議そうに見つめる。
「…亀寿様…?」
手を止めて静かに言葉を待ってくれている志乃に、何だか…気恥ずかしい気がして。
「…何かございましたか?」
少し心配そうに言ってくれた志乃に、思い切って口を開いた。
「…………縁談が、決まって」
「…そうなのですか?!」
暫しの沈黙の後、驚いて声を上げ私の着物を取り落とした志乃に、頷く。
「やっぱりまだ聞いていなかった…?もしかしたらとは思っていたのだけど…」
もしかしたら知れているのかと思ったけど、違ったらしい。
「私の口からは…一番に志乃に言いたかったから、よかった…」
私の言葉を聞いているのかいないのか、ただ目をまん丸にしている志乃は、暫くして正座のまま私に詰め寄ってきた。
「亀寿様!!」
「は、はい!」
その強さに、思わず返事をする。
「お、お相手は…?!お相手はどなたでございますか!!姫に釣り合わぬどこぞの馬の骨であれば、私が許しませぬ!」
その言葉に、ただ呑まれる。
可憐な見た目からは想像もつかない、咄嗟のその胆力の強さは、祖父譲りなのではないか。
志乃は、父上や義弘叔父上、久保様の武道の師である川上経久の孫。
「…よ、義弘叔父上の御嫡男の又一郎久保様」
押されながら言うと、志乃は納得するように頷いて息を吐いた。
「…又一郎様でございますか。義弘様の御嫡男なら…それはなんと相応しい」
「…志乃もそう、思う?」
よかった、と思って笑うと志乃は少しおどけたように、だけど真面目な顔で言った。
「姫様。まずはご身分は、ようございました、にございます。それよりも一番はお人柄です。又一郎様は私も幼き頃に祖父の元で何度かお見かけしたことはございますが…。今はどのような殿方なられているのでしょう…」
そう言われて、あの綺麗な笑顔が頭を過ってふと顔が熱くなる。
それを志乃が見逃すはずがなかった。
「…亀寿様?どうなさいました?」
「いえ…なんでも…」
『…私は後から薩摩に戻ります。道中お気をつけて。
春に…必ずお迎えに参ります』
堺の港で、そう見送ってもらったのが…最後。
春に、あの人と…夫婦になる。
島津家一世一代の祝言は麗しい春が良かろうと父上に言われ、何度も帰路で考えた。
考える度に、胸の高鳴りが増す気がして。
「…本当に御立派な方…です」
志乃にばれてしまうと何だか恥ずかしくて、俯きながら言うと志乃はきらきらと目を輝かせた。
「…又一郎久保様。京の公達にも劣らぬ見目麗しさだと噂に聞いておりますが、そうなのでございますか?」
ぎょっとして、聞き返す。
「え…?そんな噂が…?」
すると志乃は当然のように言った。
「はい。亀寿様はご存知なかったのですか?上洛なされた我ら島津の若君は見目麗しい、と民の間でも広がっておりますよ」
そうなのね…と思いながら、真面目に考える。
京の公達にも劣らぬ…見目麗しさ。
…間違いないと思う。
その立ち居振る舞いも、纏う雰囲気も。
確かに…貴公子然としていて。
「どうなのですか?」
少し楽しそうに聞く志乃に、考えながら呟く。
「…そうね…。ある意味…島津の殿方らしくない、というか…」
歳下なのに洗練されていた。
「まぁ!ではやはり美しい方なのですね?!島津の男衆は武骨な者も多ございますからね!」
武骨な者。
志乃の明け透けなもの言いに、ふふ、と思う。
確かに久保様の周りの家臣は武骨という言葉がぴったりで、主君を守る番犬のような者達ばかりで。
あの洗練された美男子の久保様が手綱を握っているのは、何だか不釣り合いだった。
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