第23話

「…それならよかった。それを一番に…按じていました」








…優しい人。








私の気持ちを一番に気にかけてくれていたのだろうか。








「あ…」


 





その綺麗な笑顔に一瞬見惚れてしまうけど、すぐに、はっとする。





 






「…家督の件…御承諾頂いたと父から聞きました」









静かに聞いた私に、あぁ、と彼は小さく笑った。








  

    














「…はい。確かに…私でよければお引き受けすると、お答えしました」





























全てを受け入れたようなその静かな声に、私は堪らなくなって打掛を翻して床に座り、手をついて頭を下げる。







それを見た久保様は驚いたように目を丸くした。






  



「申し訳ありません…!私などと一緒になれば…島津宗家の重荷が…全て貴方様に行ってしまいます…」









私の旦那様になるということは、そういうことで。






苦労を、かけてしまう。






きっと。






すると久保様は慌てて私の前に片膝を床について腰を落とした。













「やめてください。…貴女が謝ることではない」












その優しい声にそっと顔を上げると、穏やかな表情の彼と目が合う。








すると彼は俯きがちに微笑んだ。











「…優しい人だな。貴女は」








その言葉に、一瞬呆ける。







私が彼に思った事と同じことを言われるとは思わなかった。


 





何も言えなくて小さく俯くと、ただ穏やかに彼は微笑む。

 







「ただ…」








そして不意に外に視線をやると、濃くなってきた夜の色に染まる空を見つめた。



















「…私ほど当主に向いていない男はいないだろうに、とは思いますが」






















ふと呟かれた言葉にはっとしてその顔を見る。







すると私の視線に気づいて、彼はふわりと笑った。









「…これから精進しないと。家臣皆に呆れられてしまう」









少し戯けたようなその言葉に、ただ思う。








このひとは決して前に出ず、謙虚で、驕らず。







それでいて、内には清らかな一本の強い芯が通っている。







ただ島津のために、我が身を人質として豊臣に差し出すほどの。








父上はそういうところを見て、彼にと決めたのだろう。










「…貴女にも愛想を尽かされてしまうかもしれない」










ふと笑みの中で言われたその言葉に、途端に心配になって、そっと口を開く。













「…久保様は……お嫌ではありませぬか…?私…などと…」









先程聞かれたことを、不意に同じように聞き返してちらりと久保様を見る。








すると彼があぁ…と何か言いかけたのに気づいたその瞬間ふと頭を過った事に、それを反射的に遮っていた。








「…いえ…!申し訳ありません、不躾ぶしつけなことを…!」



 





それに久保様は目を丸くした。









「……貴方様の様な御方であれば……もう御心に決めた御方がおられます…よね…」





  



最後の語尾が小さくなってしまって、そのまま黙り込む。







こんなにも、いい御方だもの。






いても、おかしくない。







自分で言っておいて、どうしてか彼の答えが怖くなって目をそらす。









すると久保様は、ふっと息を漏らして笑い出した。









「…えっ…」








あまりに笑うから、何だか余計に恥ずかしくなってきて俯く。








「…そ、そんなに笑わなくても…!」









一頻り笑った久保様は、笑みを浮かべたまま呟いた。









「…気になりますか?」









その答えに拍子抜けして言葉に詰まると、どうしてか久保様は満足そうに綺麗な笑みを浮かべた。








「…も、もういいです…!忘れてください…!」








恥ずかしくてそう叫ぶ私を見て、久保様は楽しそうに笑う。





 



暫く笑った後、彼は静かに言った。










「…苦労をかけるかもしれません。亀寿殿」


  







すみません、と。






呟いて彼はいつしか顔を出していた遠くの月を見ている。







その瞳が真っ直ぐで、私は冷静さを取り戻すと静かにその横に立った。


 







「…私でよければ…その道、お供させてください」
















島津家当主の道は、きっと…覇道の道。






知と武を持って治めねばならない。









「………ありがとうございます」








優しく微笑んで頷いてくれた久保様に、笑い返す。








薩摩に帰れば、この人と…夫婦になる。







くすぐったいような感覚を噛みしめる。






この感情を、何と呼ぶのだろう。






まだ知らない感情に身を任せるように、夏の夜の風を感じた。

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