第6話仕事を辞めました

「ただいま戻りましたー」玄関先で、丁寧な言葉遣いでリビングの方に

 声をかける。「はーい。お勤めご苦労様です。立川様」リビングから

 小柄な自らを聖女と名乗る。アサが、律儀な駿に一礼をする。

 「ただいまです。アサさん」「はい。お帰りなさいです」傍から見れば

 ラブラブな新婚さんに見えるがそうではない。二人が、一緒に暮らして

 一ヶ月半が過ぎた。特に大きな問題は起きず。ただ、普通に穏やかな

 生活を一ヶ月も送っていた。見ず知らずの男女が、一つ屋根の下に

 いるのに関わらず。恋に発展する展開はなかった。それほど、駿の

 鬱は深刻なものだった。朝起きるのも憂鬱なので、アサは毎朝

 駿を優しく声をかけていた。食事面でも偏らないようにバランスの良い

 食生活を提供していたりと。新婚というよりかは、地元から母親が

 一人暮らしの息子の面倒を見る為に上京した。そんな関係性の方が

 この二人の関係の例えがしっくり来る。有給休暇も終わり。

 体の調子もよかったので、久々に会社に出勤した。駿は

 左手に持っていた。鞄を何も言わずに、アサに渡す。

 渡されたアサは、鞄の大切そうに両手で胸の前でしっかりと持ち。

 二人は、そのままリビングに向かった。リビングのソファーに

 勢いよく腰を下ろす。駿は、スーツを脱ぎ。既に部屋着に着替えていた。

 上も下もグレーのぶかぶか寝巻を着て。缶ビールのプルタブを開ける。

 そのまま缶ビールを口に運び。勢いよく飲み干す。「ぷっはぁー

 久しぶりに飲む。ビールって、こんな味だったけ?」久々のビールの味に

 スッキリしない表情を浮かばせる。駿の元に、アサがつまみの塩昆布であえた。

 きゅうりのおつまみを出してくれた。「ありがとうございます」

「いいえ。とんでもないです」傍から見れば新婚いや結婚生活十年目の夫婦の

 やりとりに見える。アサの作った。つまみを食べながら。美味しくなくなった。

 缶ビールを一気に飲み干し、空の缶ビールを机に叩きつける。そして、隣の

 アサを見つめ。駿の口が開く。「あのー」「はい」「アサさんに、お話があります」

 「はい。何でしょうか?」意を決した表情で、アサの顔を見つめる。その真剣な

 顔を見つめる。アサに駿の緊張の一声が出る。「僕、今日会社を辞めたんです」

「・・・・・・はい・・・・・・」駿の言葉に、アサは何って返していいのか。

 分らず。とりあえず返事をした。

「前から、今の会社を辞めようと思っていたんです」駿が、会社を辞めた理由を

 アサに語る。「あの会社で、頑張り過ぎちゃって。その結果、鬱になってしまって

 この先どうしようと悩んでいたんです」「立川様・・・・・・」

「僕が、今日会社に行ったのは。退職届を提出する為だったのです」

 駿の言葉に注ぐ。感情が膨らみをアサは感じていた。「だから、これからは

 体調を見ながら。負担にならない仕事を探そうと思っています」ニコリと

 満面な笑みをアサに向ける。それを見た。アサはいつもの笑みを駿に見せて

 「わかりました。私も、立川様の再就職先を探してみますね」とアサは

 いつもの笑みを駿に見せる。アサの笑った顔を見つめる。駿は

 「ありがとうございます。アサさん」と返した。立川駿は本日をもって

 無職になりました。駿の笑った顔を愛おしそうに見つめる。

 アサは、駿に聞こえない声量で「頑張れ」と言った。この二人の関係は

 まだ始まってはいなかった。

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