第2話 異世界から転移した少年と強さを求める少女

冷たい風が頬を撫で、俺はゆっくりと目を開けた。体が冷たい│石畳いしだたみに押し付けられている感覚がじわじわと戻ってきて、ぼんやりとした視界が少しずつはっきりしてくる。


「おい、大丈夫か?」


少し荒っぽい声が耳に届く。慌てて顔を上げると、目の前には背の高い人物が立っていた。短髪に、しっかりした体つきの青年だ。


「……なんだ……?」


ぼんやりとした頭で状況を理解しようとするが、まだ思考がまとまらない。その人物は俺に手を差し出し、無造作に言った。


「立てるか? ここでのんびりしてると凍え死ぬぞ。」


口調は冷静で、少し粗野だが優しさも感じる。俺はその手を取り、体を引き上げてもらった。力強く、支えてくれる感触は頼りになる。俺はふらつく足を動かしながら、狭い路地裏を見回した。


「……ここ、どこなんだ?」


周囲は石造りの建物が並び、どこかヨーロッパ風の街並みだ。明らかに俺の知っている場所じゃない。冷たい風が再び吹く。


「まさか……これは…異世界と言うやつなのだろうか。」


胸の中にじわじわと違和感が広がる。頭ではそんなはずがないと思っているが、目の前に広がる風景は、まさにゲームや漫画で見るような異世界の光景そのものだ。


「おい、とりあえず安全な場所に行くぞ。ぼさっとしてると危ない。」


目の前の青年が俺をせかすように声をかける。その様子に、俺は心の中で叫んだ。


**(ヒロインじゃないのかよ!!)**


異世界転移といえば、心配してくれる可愛いヒロインが登場するのが定番だろう! それなのに、なぜ俺の前にいるのは男!何故だ!


俺は呆然としながらも、その背中を追いかけるしかなかった。


俺と彼は夜道を歩き続けていた。静まり返った街の中、足音だけが響く。頭の中はまだ混乱していたが、ここが異世界だということはもう疑いようもなかった。


「ここ、どこなんだ?」


俺は再び口を開き、隣を歩く彼に尋ねた。


「この街はアストラ。星が良く見えて、冒険者たちが集まる場所だ。……お前には聞いたこともないだろうが。」


確かに空を見上げると星々か眩しく輝いている。


「アストラ……ね。」


聞いたことがない名前に、俺は心の中で苦笑した。もちろんだ。こんな場所、俺のいた世界には存在しない...多分...

地理の成績だけは良かった。絶対に無い。


「あんた、名前は?」


「僕はエーテル。お前は?」


「俺は……│零夜レイヤだ。」


互いに名前を交換しながら、俺たちは石畳の道を進んでいく。静寂の中で、俺はふと彼の素性が気になり、さらに質問を続けた。


「……お前、何者なんだ?ただの旅人か?」


エーテルは一瞬黙り、肩をすくめた。


「旅人じゃない、冒険者。僕は冒険者のパーティを探してるんだ。だけど……」


彼の声が少しだけ沈んだ。まるで言葉を選んでいるような感じだ。


「……どのパーティにも入れてもらえないんだ。」


その言葉に、俺は少し驚いた。エーテルの見た目はしっかりしているし、何か特別な事情があるようには見えない。それでも、どのパーティにも入れてもらえないなんて……。


「なんで?お前、見た目はちゃんとしてるし、強そうに見えるけど。」


俺がそう言うと、エーテルは苦笑いを浮かべた。


「強そう、か……それはどうだろうな。」


彼の言葉にはどこか自嘲が含まれていた。それ以上、俺は深く問い詰めることができなかった。気まずい沈黙が流れる中、エーテルは歩を止め、前方にある宿屋を指さした。


「ここだ。今日はここで休もう。代金は僕が出す。」


彼の案内で宿屋に入ると、暖かい空気が俺たちを迎え入れた。エーテルは受付で部屋を取り、俺を二階の一室に案内してくれた。


「ここなら安全だ。しばらくここで休めばいい。」


俺はベッドに腰を下ろし、部屋の中を見回した。簡素な作りだが、今の俺には十分すぎるほどありがたい。

俺はやっぱり気になるので、さっきの疑問を投げかけた


「……それで、お前、冒険者としてどうしてもパーティに入れない理由でもあるのか?」


俺が問いかけると、エーテルは一瞬だけ目を伏せた。その表情には、何か隠しているような影が見えた。


「……そうだな。いろいろと事情があるんだ。」


エーテルはそう言って、遠くを見るような目をした。そのまま、彼は過去の話を始めるかのように、ゆっくりと口を開いた。



今日の昼過ぎ、エーテルはいつものように冒険者ギルドの扉をくぐった。室内はざわめきに満ちており、剣や盾を持った冒険者たちが談笑し、報酬を受け取っている。

壁に貼られた数多の張り紙――

パーティー募集や依頼の情報が書かれた紙に目を走らせながら、エーテルは息を整えた。


「今日こそは……」


心の中でそうつぶやく。ギルドに通うのはこれが何度目だろう。パーティーに加わり、共に戦って力をつける、それが冒険者としての道だと分かっているのに、いつも門前払いだ。それでも諦められない。彼女は一枚、募集の張り紙を見つけると、そのパーティーのメンバーがいるテーブルへと足を運んだ。


男たちはエーテルが近づいてくるのに気づき、一人が椅子を引いて立ち上がった。鋭い目が彼女を捉え、じろりと見下ろす。


「なんだ、何の用だ?」


エーテルは一瞬戸惑ったが、すぐに決意を固め、勇気を振り絞って口を開いた。


「パーティーに参加したい。戦いには自信があるんだ。」


彼女の言葉が空気を引き裂くように響いた。しかし、その瞬間、男たちの反応は冷ややかなものだった。周りの仲間たちが一斉に笑い始めた。


「戦いに自信があるだと?……女のくせにか?」


最初に声をかけた男が鼻で笑い、他のメンバーも同じように嘲笑を漏らす。エーテルの拳が無意識に強く握られた。心の中に渦巻く怒りを抑えることができない。


「俺たちのパーティーに弱い女は必要ねぇんだよ。戦場で足手まといになるだけだろうが。帰れ。」


男は冷たい声で突き放すように言い放ち、再びテーブルに座り直した。仲間たちは相変わらずエーテルを無視し、次の依頼について話し始める。彼女はその場に立ち尽くし、言い返すこともできず、ただ呆然と男たちの嘲笑を背にギルドの外へ歩き出した。


外に出ると、刺すような太陽の光が目に入った。エーテルは額に浮かんだ汗を拭いながら、荒くなった呼吸を落ち着けようとした。


「くそ……なんで、どこもかしこも女だとダメなんだ!」


エーテルの心の中で怒りが爆発する。ギルドで何度も見下され、パーティーに入れずに追い返されてきた。理由はただ一つ――彼女が「女」であること。それだけで弱いと決めつけられ、力があるかどうかを試されることさえなかった。女というだけでこの世界では差別され、蔑まれ、そして拒絶される。


「……どうして、どうして私は……!」


彼女は拳を振り上げ、石畳を叩きつける。指の骨が痛みに震えるが、そんなことはどうでもよかった。怒りと悔しさが胸を締めつけ、次第に涙が浮かんできた。しかし、エーテルはその涙を必死にこらえた。こんなところで泣いている自分がさらに腹立たしかった。


「……弱くなんかない……」


誰に向けた言葉でもなく、彼女は自分自身に言い聞かせた。強くならなければならない、この世界で生き抜くために。だが、女であることが障害になるなら――


エーテルは、決意を込めて腰に差していた短剣を抜き取った。太陽の光を受けて輝く刃が、彼女の決意の証として目の前に現れる。そして、彼女はその刃を自分の長い髪に向けた。


「これが私の邪魔になるなら……いらない。」


ザクッ。音も立てず、エーテルの長い髪が地面に落ちた。ばらばらと切り落とされた髪が風に乗り、彼女の周りを舞う。短くなった髪が肩に触れ、軽さが増した感覚に、彼女は深呼吸を一つした。鏡はないが、確かに見た目は変わっただろう。今の自分を見ても、もう「女」だとすぐにはわからないはずだ。

そしてこの髪はもっともっと強くなってから伸ばす。


「今は私……僕を女なんて言わせない。」


エーテルはその場で立ち上がり、短剣を鞘に戻した。顔に決意が浮かび、これから自分が歩むべき道が見えてきた気がした。女であることで拒絶されるなら、そんなものは切り捨ててやる。強くなり、この世界で自分の価値を示す。


「この世界の常識を変える……僕が、強くなるんだ。」


エーテルは拳を握りしめ、空を見上げた。燃えるような怒りと決意が胸の中で渦巻き、彼の足元には新たな未来が広がっていた。


これは、一人の少女……いや、一人の少年が、理不尽に抗い、世界に名を刻むまでの物語。

彼が強さを求め、自らの道を切り開くための戦いの始まりだった。



エーテルが話し終えたとき、部屋には静寂が広がった。ランプの淡い光が揺らめき、壁に影を映している。俺はその場で黙り込み、エーテルの話を思い返していた。


「髪を切って、男として生きる……」俺は心の中で呟いた。

こいつが女だと気づいた瞬間、なんだか妙な感覚が走った。

――ということは、今この部屋にいるのは男女二人きり。しかも密室か。これは……何も起きないはずもなく...というやつなのだろうか。


俺は顔を上げ、ベッドに座るエーテルをじっと見つめた。だが、あいつは真剣な表情で、何かを考えているようだった。俺の方なんて全く見ていない。


「……何も起きないんだなぁ、これが。」


心の中で小さく苦笑いを浮かべた。自分が何を期待していたのか、よくわからなくなってきた。ただ、空気が微妙に変わったのを感じながらも、沈黙は長く続いた。


「……レイヤ」


「なんだ?」


エーテルが静かに俺を呼んだ。少し姿勢を正して、真剣な顔つきで俺を見つめている。


「僕と一緒に、冒険者にならないか?」


その提案が耳に入ると、俺は一瞬戸惑った。冒険者?俺が?ここに来てまだ数日だというのに、そんな話をされるなんて予想していなかった。でも、妙に悪くない響きだ。


冒険者か――俺は一瞬、心が弾んだのを感じた。この異世界をもっと見て回りたいという衝動が胸の奥から湧き上がってきた。だが、簡単に乗るのも俺らしくない。


「少し考えさせてくれ。」


目を閉じ、考えを巡らせる。この世界が本当に異世界なら、俺は限界まで見て回りたい。知らない土地、未知の景色……それを目にしたい欲望が止められない。


「……いいだろう。俺も冒険者になる。」


エーテルは安堵したように微笑んだ。だが、俺はそれだけでは終わらせない。


「ただし、一つ条件がある。」


エーテルは驚いた顔で問いかける。


「条件?」


俺は笑みを浮かべながら言った。


「この世界を旅させてもらう。もっとこの世界を自分の目で見て回りたいんだ。自由に生きて、この広い世界を感じたい。それが俺の条件だ。」


エーテルは一瞬考え込んだ後、微笑んでうなずいた。


「わかった。それでいい。僕も旅をしながら強くなりたい。じゃ、決まりだね。」


エーテルが手を差し出し、俺はその手をしっかりと握った。二人の間に、小さな約束が生まれた瞬間だった。灯りがゆらゆらと揺れる中、未来への扉が音を立てて開かれていくような感覚が俺を包んでいた。


「明日から冒険を始めよう。まずはギルドに行って登録だな。」


エーテルがそう言うと、俺は少し興奮を抑えながらうなずいた。

これは俺が異世界で繰り広げる大冒険の物語。


───*******後書き*******───

第2話も読んで頂きありがとうございます!

いやー、第2話でもう二人の目的が決まっちゃったよ。

あとは誰だっけ...イザリアの目的だけかな。今出てきてるキャラは。

まぁ、次の話くらいには決まってると思います...。


ここだけの裏話。

最初はエーテルを女性差別を無くすキャラでは無く失踪した姉を探すのが目的ってキャラにしようとしてた。

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