マジックポイント
おーばーどーず
第1話 悪人を恨む少女
「やだ…死にたくない…見つかりたくない…」
あたしは、足を抱え込むようにして小さく身を丸め、冷たい石の壁に背中を押し付けた。
呼吸が浅くなり、胸が締め付けられるようだ。視界の隅に、チラチラと揺れる炎の光が見える。遠くから聞こえる絶叫と金属がぶつかり合う音が、耳を突き刺すように響いている。胸の奥がきゅっと痛み、喉が渇いていく。何もできない。あたしは、ただ震えるだけだった。
「お願い…お願いだから見つからないで…」
焦げた木の臭いが鼻を刺し、血の生臭さが漂う。いつもは静かで穏やかだったこの町が、今は地獄のようだ。かつての平和な日常は、跡形もなく焼き尽くされ、すべてが破壊されていく音が耳を離れない。あたしは唇を噛みしめて、息を止める。心臓が痛いくらいに早く脈を打つ。まるで、その音だけで見つかってしまうかのような錯覚に陥る。
「助けて…誰か…」
でも、そんな声が届くわけがない。誰も助けに来ない。もう、この町には誰も残っていないのだから。家族も、友達も、あたしが知っていた人たちはみんな…いない。あたしだけが、こんなところで震えている。焼け付くような熱気と、ひどく重たい空気が、あたしの周りを包み込んでいる。
ふいに、瓦礫の隙間から見える人影に目が留まった。あの不気味な、黒いローブを着た男たちだ。あいつらがすべてを壊している、悪人たちだ。心臓が冷たく凍りつくような恐怖が、全身を駆け巡る。あいつらに見つかったら、終わりだ。
「くそっ、どこに隠れやがった?」
低く唸るような声が聞こえ、あたしは思わず身を縮めた。耳元で足音が響く。どんどん近づいてくる。冷や汗が背中を伝うのを感じ、息を止めた。心臓が今にも飛び出しそうなほど脈打ち、鼓動の音が頭の中で反響する。
「ここか?」
ごつごつとした手が瓦礫をどかす音が、すぐ近くで聞こえる。もうダメだ…逃げられない。目をぎゅっと閉じて、ただ祈るように震える。どうしてこんなことに。昨日までは普通に過ごしていたはずなのに、家族と笑って話していたはずなのに。あたしはただ、普通の生活がしたかっただけなのに。
「見つけたぞ!」
その瞬間、あたしは恐怖で弾かれるように走り出した。何も考えずにただ本能的に、命を守るために足を動かしていた。砂埃が舞い上がり、足音が地面を踏みつける音が響く。息が苦しくて、視界がぼやけてくる。それでも、後ろで追いかけてくる悪人たちの気配を感じ、足を止めることはできなかった。
「待て、こら!」
あたしの後ろから追いかけてくる叫び声が、ますます近づいてくる。瓦礫の山を飛び越え、狭い路地を駆け抜ける。靴の底が石畳にぶつかるたび、足が痛みに悲鳴を上げるが、そんなこと気にしている余裕はなかった。あたしはただ、前に進むことだけを考えていた。だが、体力は限界だった。息は荒くなり、胸が痛くて苦しい。
「お願い…もう少し…」
だが、次の瞬間、あたしは足を止めざるを得なかった。目の前に広がっていたのは、崖だった。吹き荒れる風が頬に冷たく当たる。崖の下を覗き込むと、そこには底が見えないほど深い暗闇が広がっている。
「あ…あたし、どうすれば…」
後ろからは、悪人たちが迫ってきている。もう、どこにも逃げ場はない。胸が締め付けられるような絶望感が押し寄せてくる。どうする?どうすればいいの?あたしにはもう、何も残されていない。
奴隷にされるくらいなら…飛び降りたほうがましだ。
「あたしは…こんなところで…終わりたくない…!」
足が震える。でも、もう選択肢は残されていない。あたしは、崖の縁に立ち、深く息を吸い込んだ。心臓が痛いほど高鳴る。それでも、あたしは後ろを振り返ることなく、前へと足を踏み出した。
「行くしか…ない…!」
あたしは崖から身を投げ出した。風が体を強く押し、視界が回転する。冷たい空気が肌を刺すように当たり、あたしの体は急速に暗闇へと吸い込まれていく。
「ありゃ、死んだな」
上から悪人たちの声が聞こえた。あざ笑うような、その声が遠ざかっていく。
「ちっ、つまんねぇ。死んじまった女のガキに興味はねぇ。さっさと帰るぞ」
あたしの体は闇の中へと沈んでいく。でも、これでよかった。あいつらに捕まるよりは、これでよかったんだ。
そう思いながら、あたしは目を閉じた。
◆
「死んだのか?あたし…」
遠くから聞こえる声が、あたしを呼んでいる。温かくもあり、どこか不気味さも含んだその声。
意識はぼんやりしていて、まるで水の中にいるようだ。体の感覚が遠く、手も足も思うように動かない。全身が重く、まるで霧の中に閉じ込められたように、何もかもが霞んでいる。
「…あれ?」
薄く瞼を開けると、目に飛び込んできたのは、木々の緑。葉っぱが風に揺れ、太陽の光がちらちらと漏れ、目にチクチク刺さる。鳥のさえずりが遠くで聞こえ、森の静寂が広がっている。あたしは、痛む体をゆっくりと起こした。目の前には、どこまでも続く深い森。そして、その中央に一人の男が立っているのが見えた。
「あんた、大丈夫か?」
低くて落ち着いた声。空気が震えたように感じる。男はあたしをじっと見ている。瞬間、冷たい風が肌を刺した。あたしは、咄嗟に自分の体を抱きしめた。裸だ…!あたしの体は、無防備なままで、そしてどこか変だ。肌の質感が違う。まるで別人の体にいるような感覚。目を見開いて自分の手足を見つめた。
「…これ、あたしの体?」
長く伸びた手、細くなった指。筋肉が張り、体が7年も歳を取ったように感じる。肌はかつてより滑らかで、けれど硬さも感じられる。
「あたし…なんでこんな…」
恐怖がこみ上げ、喉が乾く。胸が締め付けられ、息が苦しい。どうしてこんなことに…?崖から飛び降りたはずなのに…!
「おい、落ち着けよ。無理もないか。さっきまで崖の下で倒れてたんだからな。」
男はあたしの動揺に気づきながらも、冷静なままでいた。声は穏やかだが、鋭い目つきでこちらをじっと見つめている。体から逃げ出すような冷気が走る。
男は直ぐに筒状の物を取り出し私に渡してくる
どうやら水だ、喉が渇いてるのを察してくれたのだろうか。
「ありがとう...」
「ここはどこなの?あたし、どうして…」
「ここは森の中だ。お前、崖から落ちたんだろう?でもどうやら運が良かったみたいだ。命は助かってる。」
男の言葉が現実を突きつけてくる。冷たい空気が頬を撫で、木々の匂いが鼻腔に入り込む。それでも、どこか自分が現実にいるという実感が持てない。
「名前は?」
「…イザリア。確かあたし、イザリアっていうの。」
口を開くと、自分の声が響いた。7年も経ったのだから、声だって変わるのかもしれない。恐ろしくて、体が震えた。男は短く頷き、そのままあたしを見つめた。
「イザリアか。僕はレイヤ。お前が何者かは知らないが、今はここを出た方がいい。この森は、長くいると危険だ。」
「危険…?」
あたしの頭の中は混乱していた。裸の体を抱きしめながら、震えが止まらない。レイヤと名乗る男は、優しさもあるが、どこか冷静すぎて、信用できるのかどうかもわからない。
「服…必要だろう?まずはそれを何とかする。それから、この森を抜ける方法を考えよう。」
男はフードを渡して来る
「これ着ろよ」
あたしは何も言えず、ただ彼の言葉に従うしかなかった。背中に湿った土の感触が残り、冷たい風があたしの肌を包み込む。この世界にあたしの居場所はあるのだろうか。
森の中を歩く音が、静かに響いている。足元の落ち葉がくしゃりと音を立て、その度にあたしは少しだけ足を止めてしまう。木々の隙間から差し込む日の光が、所々で柔らかく照らしているけれど、どこか不安を掻き立てられる。
「さっき…名前を言ってたよな?確か、イザリアって…?」
レイヤがふと口を開いた。その声は穏やかで、静けさを崩さないように気を使っているようだった。けれど、どこか戸惑っているのが伝わってくる。
「あたし…自分の名前、イザリアだって言った。でも、本当にそうなのか…記憶が、曖昧なの。」
自分の声がかすれているのが分かる。何か大事なことを忘れてしまっているような、そんな不安が心の中を覆っている。あたしは何も覚えていない。木々や葉っぱの形、風に揺れる音、それは知っている。けれど、他のことは――まるで記憶が霧の中に消えてしまったかのように、何も思い出せない。
「分からない…あたし、何も分からない。自然のことは知っているみたい。でも、それ以外は…」
視線を足元に落としながら、頭の中で言葉を探す。あたしは何者なのか、どうしてここにいるのか、全てが分からなくなっている。
「さっき…あんたが渡してくれた、あの筒状の物。名前が思い出せない。触った感覚は覚えているのに…それが何か分からない。」
レイヤはあたしの横で歩きながら、ふと立ち止まった。彼もまた、何かを考えているようだった。鳥の鳴き声が、頭上から聞こえる。高い木の枝でさえずる鳥の名前さえ、分からない。あたしは知らない世界に投げ出されたような気がして、胸が締め付けられた。
「分からないのか…僕と同じだな。」
レイヤが笑みを浮かべる。少しだけ安堵を感じた。それでも、どうして彼はこんなにも平然としていられるのか、不思議だった。
「僕もここに来たばっかで、あんまり何が何だか分かってないんだよ。」
レイヤの言葉は、軽く聞こえるが、少しだけ違和感があった。彼は、別の世界から来たと言っている。信じられない話だ。だが、ここにいるあたしにとって、それは決して突飛なことではなかった。何が現実で何が幻想なのか、すでに境界が曖昧になっているからだ。
「別の世界から…来たってこと?」
レイヤは頷く。あたしは彼の横顔を見つめる。彼の存在そのものが、どこか現実離れしているように感じられた。森の中に溶け込んでいるはずなのに、その姿がどこか異質だ。まるで、風景に馴染まない色がそこにあるかのように。
「信じられないけど…でもあんたがここにいるのも、事実だし。」
木の枝が風で揺れる音が、ざわざわと耳に響く。その音とともに、心の中で少しずつ現実感が戻ってきた。どこか信じられない話だが、今はそれに頼るしかない。あたしは何も知らないし、何も分からない。だからこそ、レイヤの言葉にすがるしかなかった。
「でも、ここから出るんだろう?この森を抜けるんだよね?」
「ああ。危ないから、早く抜けないとな。ここは一人でいると、何が襲ってくるか分からない。」
彼の言葉に、背筋が寒くなる。木々の間から何かがこちらを見ているような感覚が広がり、急いで足を進める。自然の中にいるはずなのに、あたしの知っている森とは違う。何かが違う。息が荒くなり、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
レイヤは何事もなかったかのように歩き続ける。彼が本当にこの世界の住人ではないのだとすれば、彼の存在そのものが奇妙に思えた。
「ほら、もう少しで森の出口だ。」
レイヤが指差した先に、木々の隙間から薄い光が差し込んでいた。あたしは少し安心し、早足でその方向へと向かった。
───*******後書き*******───
どーも、おーばーどーずと言うものです。
よろしくお願いします。
第一話を読んでいただきありがとうございます!
まだ筆記活動に慣れていなくて分かりずらい部分もあると思いますが暖かい目で見守ってください。
感想にアドバイスなどを書いていただくとありがたいです...
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