第2話 妹についての話をしよう
妹とは、問答無用で可愛い存在である。時に愛でる対象、時に守る対象、時に癒される対象。それは幻想だろうか。いや、実際にもそうに違いない。だとしたら、目の前で仏頂面で髪を梳かしている少女は俺の妹ではないということだろうか。
まず妹の第一条件は、共通の肉親を持ち、本人よりも年下の女性というのが挙げられるだろう。だが、それは世間一般でだ。俺の場合、第一項に性格見た目共に可愛いこと、第二項に共通の肉親を持ち、本人よりも年下の女性が入ってくる。この二項を満たさなければ、妹とは認めたくないのだ。そして、第一項を満たし、俺が妹としての価値を見出せた時のみ、第二項はその限りではない。
とは言ったものの、今更こいつを他人と取替えることも出来ないし、調教する趣味もない。なので俺、名島一はここから少しでも何か化学反応でも起きて可愛げのある性格にならないだろうかと日夜頭を悩ませている。
俺は十八歳でありながら、新人賞を受賞した。の、だが!所詮新人賞、一年も連載が続いたら、期待度というか、人気が停滞期になってしまっている。アニメ化の話も来ない、それどころかコミック化の話も来ない、来るのは編集からの催促と、要約すると次巻はよという素直で率直な感想が綴られた読者からの手紙のみ。
かと言って、十九の高卒を雇ってくれる働き先などある訳もなく、大学に進学しようにも、母は妹を産んだ直後に容体が悪化して死去、父は研究職で海外。ついでに、「俺が妹の生活費を稼ぐから!」と大口を叩いた始末。理解のある父親だったが、さすがに今更ラノベ作家辞めます。なんてそうは問屋が卸さないだろう。
今更だが、俺の書くのはラノベである。それも妹ヒロインの。ペンネームはそのまま名島ハジメ。タイトルは『コハルビヨリ』。俺の理想の妹像を吐露し、こねくり回して造り上げたヒロイン、『希菜小夏』と主人公『希菜春樹』を中心に展開する、学園ラブコメ。それをダメ元で大賞に送り付け、赤ペン先生だらけで返ってくるだろうと考えていたものの封筒に同封された紙には新人賞受賞の文字が。
あの頃は若かった。活気に満ち溢れていた。そう、あの時までは。学園ラブコメなど、非リアの俺には到底描けるような内容ではなかった。どうしても話の進行上カップリングなどもできるのだが、陳腐な告白文しか出てこないし、名言と言われるべき名言は出てこないし。俺の引き出しはこの程度かと、改めて思った。
さらにさらに。俺は、妹日菜美にはラノベ作家云々の話は全くしていない。考えても見ろ。兄が妹もののラノベを書いてるんだぞ?それも性癖吐露しまくって。ついでに主人公達の苗字の『希菜』って、妹の名前の日菜美からとったんだからな。あの時は、あんまり人物名とか思いつかなかったんだ。だからといって、佐藤だとか鈴木だとかありふれた名前にするのもなぁ、と思い、日菜美の名前を少しもじらせてもらったわけだ。ほら、自分の名前使うのもなんか自己投影してるみたいで嫌だろう?
とにかく、俺の作品を妹に見せたら、一生軽蔑されることは目に見えている。全く、気苦労の絶えない毎日だ。一応妹には適当な大学に行っていることにしてる。
「はぁ…」
「何、ため息ついて」
「なんでもないよ」
「やめてよね。こっちまで陰気臭いのが映るよ」
こうやって、可愛げのない妹なのである。髪を梳かし終わったのか、スリッパ越しの足音を響かせ、日菜美は去っていく。俺も口に残った歯磨き粉を吐き出し、口を濯いで顔を洗った。
「うっし」
磨き残し、洗い残しなし!俺は今日、コハルビヨリのイラストを担当している人物、編集と打ち合わせがあるのだ。とは言っても、ただの仕事場に向かうだけだが。
「あれ、にぃ今日は一時限目から?」
「あぁ」
「ふーん。何度も言うけど、留年はやめてよ?ただでさえうちって貧乏なんだからさ。父さんにお金出してもらってるんだから、留年なんてしたら退学させられちゃうよ?」
「そこまでか」
まぁたしかに、留年するってことはもう一年大学に通うって事だからな。そりゃ、交通費だの教材費だの嵩むだろう。大学に行っていれば。それと、一応俺も結構売れてるんだけどな。三巻から伸び悩んではいるが。
「じゃ、私は行くから。遅れないようにしなよ?」
「あぁ」
受験を終えた彼女は、かなり丸くなったとは思う。去年はマジで気が立ってた。何度、「私はこんなに必死なのににぃは去年何もしてなかったの!」と怒号を飛ばされたことだろう。俺だって今までの数々の作品の中で何度も打ち切りという名の飽きという名の挫折を経験してきたと言うのに。その中の何本かを投稿し、ようやっとひとつ掴めたと言うのに。異世界、現代物、超能力、ダークファンタジー…。結構書いてみた。その苦労を彼女は知らないんだ。俺のボツになった軽く500ページを超える夢の残骸を。ま、知られちゃ困るんだけどな。
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