第二部 先輩、悪魔系配信者ってマジ!?

36.悪魔系配信者 烏丸ゴロウ


   36



 お尻から悪魔の尻尾が生えちゃったのでとりあえず配信をすることにした。「いえーいみんな見てるー? 俺さ、お尻から悪魔の尻尾生えちゃったんだけど!」とか言ったら盛り上がるかな? と思ったのだ。


 なんかここ最近、視聴者のみんなが冷たいし。俺ってちゃんとF級探索者でダンジョン配信者なのに、みんな雑談配信者とかっていじってくるし。くすん。なんて涙を流してるのはもちろん嘘だ。俺は泣いたりなんかしない。


「いやおにー、それ普通にBANされるよ」


 と忠告してくれるのは愛しの妹であるミダレだった。ちょっと愛が重くて歪んでいることを除けば完璧な妹である。あと人のことを噛む癖がなくなれば最高の妹である。


「BANされるか?」

「お尻出したらBANされるよ。さすがの『RICH』も許してくれないよ」

「じゃあパンツに穴開けてそこから尻尾出すか。ならセーフだろ」

「えー。でもセンシティブじゃん。おにー、いろいろ狙われちゃうよ」

「馬鹿言え、俺はいつだって悪魔に命を狙われて生き残ってきた男なんだぜ」


 ダンジョンに入ると悪魔に命を狙われて、最近だってなんか【天を冒涜せし者ルシファー】とかいう奴に殺されそうになって大変だったのだ。返り討ちにしたけど。でもなんか帰ってきたら悪魔の尻尾が生えていた。まったく意味不明だ。なんだこれ? なんで世の中っていうのはこんなにも荒唐無稽で意味不明なんだろう?


 まあでもこれからやるべきことがシンプルなのは良いことだった。


 テレサを助ける。青森県の立ち入り禁止ダンジョンで悪魔に呪われてしまったテレサを。救う方法は簡単だ。呪い手の悪魔を殺してしまえばいい。ふふ。そして俺は悪魔を殺すことにおいては無類の強さを誇るのだ。がはは! きゃっ。自画自賛なんて照れちゃう! なんてやってる場合じゃない。


 一、【十六夜の黒鳥ピース・バード】の面々から仲間を募る。

 二、探索者協会の青森県支部に許可を得る。

 三、タイムアタック。


 一と二については同時並行的に進めていた。つまり俺はここ一週間で――F級探索者としてのライセンスを受け取ってからの一週間で――まず青森県支部に要請を送っていた。とはいえもちろん俺ひとりではただのF級探索者である。いくら過去にS級探索者にまで至っていたとして、あくまで重要視されるのは現在いまだ。


 過去の栄光なんてFxxk !! 過去になにがあってどうなっていまめっちゃ偉いとしても現在の行動が偉くなければそいつは偉くない。いつまでも何年も前の栄光を金メダルのように掲げている奴なんて腐敗臭が漂ってやがる。そして俺は自分自身を腐敗させるつもりなんて毛頭ないから、とりあえずリンさんに連絡していた。


 まあ過去に築いた人間関係はフルに利用してもいいよね……? 腐敗臭、しないよね……? 以下回想。


『リンさん』

『リンさん? それ、誰なの?』

『え』

『リンさん、じゃないよねー? ゴロウくん』

『……』

『分かってるよね? ゴロウくん。ね? 分かってるでしょ?』


 俺は諦めた。


『……え、ちゃん』

『んー?』

『お姉ちゃん』

『うん。お姉ちゃんだよー? どうかしたの?』

『青森県の立ち入り禁止ダンジョンに、探索許可取ってもらってもいいですか?』


 回想終了。


 リンさん。かつての記者であり現在は探索者協会の仙台支部のそこそこ偉い立場に座っているお姉さんで、ロングの茶髪をパーマにかけて清楚に巻いている感じのお姉さんで、お姉さんというのは比喩でもなんでもなく俺のお姉ちゃんで、いや、お姉ちゃんじゃないんだけどお姉ちゃんっていう扱いをしないといけないっていうか、なんか洗脳されている気がしないでもないんだけど、とにかくお姉ちゃんはお姉ちゃんであり俺はリンお姉ちゃんを頼り、そして。


 そしてリンお姉ちゃんは狐森という女狐に話を通したらしい。かなり強めに。それで折り返しで狐森から電話が掛かってきた。ちなみに狐森というのは魑魅魍魎が跋扈ばっこする探索者協会・仙台支部において、もう一人の獣である狸谷という男と犬猿の仲で派閥争いを繰り広げていた女狐である。


 身長百八十を越える長身の女。ツートンカラーの髪色が特徴的だった。左が黒で右が白。肩ほどまでのボブ、毛先の浮き上がった、いわゆるエアリー・ボブだ。


 いや本当に、女狐としか言い表せないのがとても残念なのだがとにかく女狐なのだ。【天を冒涜せし者ルシファー】の一件である種の失脚をきたした狸谷が弱っているいま、ここがチャンスとばかりに勢力を伸ばしているらしい。まったく俺からしてみればくだらない。そんなに権力というものは必要なものなのだろうか? そんなに周りから尊敬の目で見られたいものなのだろうか? 汚い大人の考えることというのは理解が出来ない。


 でもとにかく数日前に女狐である狐森から電話が掛かってきた。以下回想。


『やあゴロウくん。ちょっといま、いいかい?』

『誰ですか? よくないです。切りますね』

『切ったら青森県の話は終わりだ。さようなら』

『まあまあまあ! 狐森さんじゃないですかー、やだな! どうかしたんですかもう! 俺ってばちょう時間余ってて暇暇暇暇って感じなんでぇ』

『青森県のダンジョンだけど、この優秀な狐森さんの方から申請を出しておいたよ。実は弱みを握っている職員がいてね。すこし時間は掛かるだろうけれど許可は出るさ』


 俺はほくそ笑んだ。


『へー。相変わらず手段が汚い。さすが汚い大人代表の狐森さんだ。さすが!』

『褒めてるのかけなしてるのか分からないな』

『貶してるだろどう考えても』

『ところで狐森さんからきみに、是非ともお願いしたいことがあるんだけれど』

『じゃあ電話切るね』

『おっと。そういえば青森の職員さんの弱み、詳しいことを忘れてきちゃったな。えーと、なんだったかな。いや狐森さんは素直だから、忘れたことはちゃんと忘れたって言わないと』

『お願いかー! 実は最近人助けに目覚めちゃって俺ー! なんか人のお願いとか聞いて、叶えられることなら叶えてあげたいなーって!』

『これから配信にスポンサーを付けて欲しいんだよ。こっちで手配しておくから。大丈夫。きみにそこまで苦労はかけないつもりさ』


 回想終了。


 なんていうことがあり、まあスポンサーについてはまだ連絡が来ていないのでどうでもいい。ただ言外の意思というものは伝わるもので、まあ、配信は続けろということだろう。だがそれに関しては問題なし。俺は楽しんで配信をしている。雑談したり料理したりゲームしたりしている。


【また同じ話してね?】

【引退したあと引きこもりニートしてたらしいからね】

【話の引き出しすくない】

【しょうがない】

【にしても料理まずそう】

【手洗った?】

【食器洗った?】

【食材洗った?】

【包丁の使い方不器用で草】

【ゲームだけじゃんこいつ上手いの】

【そりゃゲーム実況配信者だから】

【ホラゲ―まだ?】

【24時間耐久配信やってくれー】


 というわけで俺は8割の悪口を浴びて気持ちよくなっている。うん。罵倒って気持ち良いようなところがあって俺は好きだ。たまにムカついて台パンをかますけれど。そのたびに【まあまあw】【どうどうw】とかってさらに煽られるけれど。まあでも、なんにしても俺はそれなりに配信というものを楽しんでいた。


 つまり俺はこれから先も配信者として活動するというわけだ。


 狐森の心配は無問題である。でも面白いから配信やめるやめる詐欺はしておこうと思った。そうしておけば勝手に狐森の方から色々とアクションを起こしてくれるだろう。俺が配信者として長く活動できるように。そしてそれが結果的に狐森を――探索者協会・仙台支部を助けることになるのだ。


 さて。


 二、探索者協会の青森県支部に許可を得る。についての経過は以上だった。


 では、


 一、【十六夜の黒鳥ピース・バード】の面々から仲間を募る。についてはどうかといえば、これはいまかつての仲間にぶん投げているところがあった。そうだ。


 たとえば【天を冒涜せし者ルシファー】の戦いのときに駆けつけてくれた三人の仲間がいる。


 ――雲母きららメアリ。すべてがカラフル。髪色も服装も、まるで夕刻の雲みたいに角度によって色を変える、ファンシーな服装に身を包んだ女。


 ――黒田リックン。小さな悪魔。スーツコートの懐に無数の得物がしこんでいる、生意気ながらに可愛らしい顔立ちをした童顔の男。


 ――赤月シャボン。燃えるようなあかの髪の毛、口元は常に微笑みをたたえており悪戯。いつも赤と黒を基調としたパンツスタイルの服装をしている女。


 ぶっちゃけ彼らに丸投げしていた。来られそうな奴は来るように。人数に制限はないが、およそ六人程度が良好と考えていた。まあ彼らならばてきとうに良さそうな面子を揃えてくれるだろう。


 その締め切り日時が――明日だった。


 思考終了。


 俺は未だに俺の二の腕を噛み続けているミダレを引っぺがしてソファから立ち上がる。そしておもむろにズボンを脱いだ。「きゃー!」とミダレが両目を隠して叫ぶ。けれど隠してる両手の指の隙間はガバガバだった。終わっていやがる。いや。妹の前でおもむろにズボンを脱ぐ俺もなかなかに終わっているかもしれない。



 ――悪魔の尻尾。



「――あの、主殿?」



 天井から声が聞こえて首を上げる。すると天井に張り付いている、黒ずくめの忍者装束の女がひとり。つまりは、くノ一。いつから張り付いていたのかは不明である。そしてもはや俺は驚かない。慣れすぎている。それはミダレも同様だった。「またかよ」みたいな表情をして呆れながらくノ一を――炭谷スズリを仰いでいた。


 スズリは口元を黒い布で隠していた。いつもの服装だ。けれどいくら口元を隠していようとも伝わってくる感情というものはある。それは困惑。

 

 スズリはパンツ一丁で、しかもそのパンツの隙間から黒い尻尾を伸ばす俺を見て、言う。


「特殊プレイでござるか?」

「まあな。ちょっと下りてこいよ。話をしようぜ」

「う。な、なんか嫌なんでござるが……」

「まあまあ、簡単な話だ」


 そして音もなく床に着地したスズリに、俺は言う。


「悪魔系配信者ってどう思う?」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る