第6話 ヤカフ村

ヤカフ村。


村民100名程度の比較的小さな村である。


20~30程度の家屋が固まっており、村を囲むようにして簡単な木の柵が設けられている。


村の周辺には畑が広がっている。決して裕福ではないが、ほのぼのとした生活と日常がそこにはあった。


そう、昨日までは。


「何してる!エマ!早く村の端にある丘へ逃げろ!」


村民とおもわれる、40代の頃と思われる男が声を荒げる。


男の背には、まだ幼い女の子が乗っていた。


「お父さん!どうしてオークが村に!」


少し遅れてエマと呼ばれた女が父のもとへと駆け寄ってきた。


質素な服に、長いブロンドの髪を後ろで束ねたエマは、息を切らしながら、後ろを振り返る。


「理由はわからん!だが、オークが相手では、村の男たちでも敵わない!今は、とりあえず逃げるのだ!母さんももう逃げているはずだ!」


父が口を紡いだ直後、すさまじい轟音とともに右側の民家が吹き飛ぶ。


「キャアッ!」


あまりの衝撃にエマは悲鳴を上げる。


吹き飛んだ民家は無数の残骸となって、エマと父の行く手を阻んだ。


「くそっ…これでは通れ…っ」


父が言葉を止める。そして、その表情は絶望へと変わっていく。


先ほどまで民家があった場所にこの騒ぎの、諸悪の根源が仁王立ちしていた。


オークである。しかし、その体躯は4mを優に超えており、オークの中でも大型であった。


「シューッ!」


「あ、あぁ…」


オークの深い息遣いに、エマは尻餅をついてしまった。


あまりの恐怖に腰を抜かしてしまったのだ。オークはエマと父を見る。すると、口角をニチャッとあげて、声を漏らす。


「ニンゲン、マダイタ、タベル」


鈍重な身体をグッと動かす。


その手には大きな棍棒を持っており、それを父に向って振るう。


巨大な体格とその剛腕から繰り出される振りは、圧倒的な殴打力をもって襲い掛かる。


父はとっさに向きを変え、その殴打が幼い娘に届くのを阻止しようとする。


「ゴッ」と鈍い音を上げて、父が吹き飛んでいく。あまりの衝撃に、身体がボールのように転がり、エマのいる横を通り過ぎていく。


「お父さん!ツム!」


目の前で父と妹が吹き飛ばされ、とっさに振り向く。


と、同時に抜かしていた腰を何とか立たせ、おぼつかない足取りで父と妹のもとへと駆け寄る。


「ガ、ガハッ…」


父の口から大きな血の塊が吐き出される。


衝撃が内臓までをも侵し、瞬く間に地面を赤く染める。


「そ、そんな…いや、お父さん!」


エマは涙を浮かべながら父の顔を覗き込む。


すでに父は息絶え絶えで、口からは湧き出るように血が出てくる。だが、父はそれを止めるかのように歯を食いしばり、エマを強く見つめる。


「エ、エマ…ツムを連れて、に、逃げなさい…と、父さんは…もう…」


そういうと、両手に抱えたツムを差し出す。頭から血を流してはいるが、命に別状はないようだ。


だが、目の前で父が死にゆく姿を見て、ひどく動揺している。


「い、いやだ…、パパも…」


「…エマ、ツムをたのむぞぉ…」


その一言を最後に、父の声は途切れた。


「パパーッ!パパーッ!いやーっ!」


ツムは声を張り上げて泣きわめく。


エマの顔からは表情が消え、その場にストンッと座り込む。


だが、絶望はそれで終わりではなかった。エマの耳に、身体に『ドシンッ』という音が響く。


オークが迫っている。その音を聞き、エマは即座にツムの手を取る。


「にげないと…お父さんの言うとおりに…」


「パパは!?パパも一緒に…」


ツムは父の顔を見る。その顔には既に生気はなく、目も半開きで光を失っていた。


「う、うぅ…なんで…」


「ツムッ!はやくっ!」


エマはツムを無理やり引っ張って走り出す。


そこに、オークの棍棒が降りかかる。


振り下ろされた棍棒は二人をとらえることはなく、地面へとその衝撃を逃がす。二人はそのまま民家と民家の間を縫うようにして走り抜ける。


「ニゲアシ、ハヤイ」


オークは棍棒を肩に担ぐと、すでにこと切れた父の身体をつかみ上げる。


そのままつかみ上げ、『グチュ、パキッ』と不気味な音を立てながら咀嚼する。


そして、咀嚼を終えると、二人が逃げていった方向へと歩みを進めていった。

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