第5話 初戦闘

マタイサ地区の北端。


ギチト地区との境界線からほど近い平原の真ん中。


100mほど離れた場所には、高さ10mほどの木々が所狭しと広大な範囲にわたって生えていた。まあ、いわば森のような感じだ。


全身緑色の、豚の顔をした3mほどのモンスター、オーク。そのオークがバチャバチャと大量の血を流しながら、膝から崩れ落ちる。


「ガァアアッ…」


うめき声をあげると、ドシーンとその巨体を地面へと預けた。


当たりを見回すと、真っ黒に焼け焦げたオークや、氷に閉じ込められたオーク、何かに胸を射抜かれたようなオークなど、多くのオークたちが絶命していた。


その近くには、そのオークを仕留めたと思われる男が、剣を鞘に納めていた。蓮であった。


「まるで別人になった気分だなー」


そう呟いて、絶命したオークたちを見回す。


「最初は震えるほど怖かったけど、一撃で倒せるし、仮に攻撃を食らっても痛くもかゆくもないから、慣れちゃったなー」


蓮はコンソールから様々な魔法やスキルを習得した。


火や氷の魔法に、光の矢を射る魔法、回復魔法や索敵魔法など、様々な魔法があり、蓮を興奮させた。


「まあ、ダメージを食らうようなことがあっても、スキルの『痛み軽減』と、『疲労軽減』は最大値まで取ったし、痛みでもがき苦しむことはないか」


先ほど、マントを入手した後、意気揚々と魔法のコンソールを開くと、そこには魔法の簡単な説明や、使用条件などが書かれていた。


本当に色々な魔法があり、さらにはその魔法の上位互換に当たる魔法も多くあった。


魔法にはランクというものがあり、一番低い初位魔法から下位、中位、上位、高位、超位、極位、そして最高位に当たる天位魔法まで、8個のランクがあった。蓮はレベル100なので、使えない魔法はなかったのだが、試しに火の超位魔法である『インフェルノ』を使ってみた。


もうすごかった。荒れ狂う炎が大地を焼き尽くし、まるで隕石でも落ちたのかと錯覚するほどの紅蓮の炎が、あたり一面を覆ったのだ。


そのすさまじさから、放った本人が「ぎゃあー!」といって逃げ出したほどだ。


それをうけ、蓮は、「まずは初位魔法からだ。この世界の標準的なレベルや魔法の力が分からない中、こんな魔法をバンバン放っていたら、魔王ルート一直線だ」と思い、そっとコンソールを閉じたのだ。


「でも、初位魔法は全く使い物にならなかったな…」


高位魔法の失敗を踏まえ、ゴブリンらしきモンスターが出現した際、風の初位魔法『ヴァン』と、雷の初位魔法『エレキ』を使った。


しかし、結果は驚くほど陳腐なものだった。『ヴァン』は暉の手のひらからそよ風が発生する程度で、ゴブリンはその風に心地よさを感じている様子だった。


『エレキ』は、ビクッとゴブリンがちょっとびっくりするくらいの、言うなれば静電気に毛を生やした程度の威力しかなかった。


そんな威力の魔法でゴブリンを倒せるわけもなく、慌てて氷の下位魔法『アイス』を放ったのだ。


たった一つの魔法ランクの違いで、驚くほどの差異が見られた。6体ほどいたゴブリンが、2mもの氷に閉じ込められ、氷の飛散とともにバラバラに砕け散ったのだ。


「初位魔法ってもしかして戦闘向けじゃないのか?だったら一体何のためにあるのやら…」


頭を掻きながら、丸焦げになったオークに近づく。プスプスと黒煙を上げ、見るも無残な姿であった。オークの死臭や、焦げた嫌なにおいが鼻を刺激する。蓮はあからさまに嫌な顔をする。


「うっ…あんまりいい匂いじゃないな、下位魔法でこの威力なら、天位魔法とか一体どんなんだよ…」


蓮がオークを倒すために使った魔法は、火の下位魔法『ファイア』、氷の下位魔法『アイス』、光の下位魔法『レイ』であった。


どれも思っていた以上に強力で、あっさりとオークの命を奪った。


「もしかしたら、天位魔法なんて一度も使うようなタイミングないんじゃないか?まあ、少なくとも、この世界の人たちが、標準的に使える魔法がどれくらいなのかがわからないと、変に警戒されちゃうよな…。だからと言って、天位魔法を試してみる勇気もないし…」


蓮は、はぁ…と大きくため息をつく。


「まあ、力がないよりは全然ましだけど…」


そう言って、オークの死体を背を向け、目的地であるヤカフ村に向けて、歩みを再開した。


「モンスターはオークとかゴブリンしか出てこないけど、もう何度か戦闘したから、それとなく剣も魔法も使えるようになったなー。…剣のスキルとかは全然使うタイミングなかったけど」


右手を身体の前で振り下ろし、コンソールを開く。


「まあ、時が来ればおのずと使うタイミングが来るか。っと、もうだいぶ歩いたけど、ヤカフ村までは…あと5kmか。半分は来たんだな」


そんな風に独り言を言いながら、慣れた手つきで地図を開く。


この地図のおかげで迷わず、まっすぐにヤカフ村に向かうことができている。


「まあ、たった4回の戦闘で、今まで剣も魔法も使ってこなかった俺が、ここまで戦うことができるのも、高すぎるステータスとこの剣のおかげだよなー」


オークもゴブリンもまるで手ごたえがなかった。


攻撃を食らっても優しく身体に触れられている程度のものだったし、攻撃をすれば一撃で死に絶える。


そして、極めつけは、オークもゴブリンもまるで止まっているかのように行動が遅く感じられたのだ。


いや、実際には、大の男がこん棒や剣を振りかぶってくる程度の速度であったことは理解できた。しかし、蓮の目には止まっているように見えたのだ。


そして、そのオークやゴブリンの何十倍、いやそれ以上の速度で移動し、攻撃できた。「はっや!」と蓮自身も思ったものだが、それが当たり前であるかのように、蓮の身体は軽やかに動いていたのだ。


「自分で自分が恐ろしいな…」


独り言をつぶやきながら物耽っていると、前方に、またもやゴブリンが数体見て取れた。


「さて、んじゃ、また剣と魔法のお試し会ってことで…!」


蓮は、スキニーのベルト通しに差した日本刀『破邪』の柄をぐっと握りしめ、疾風の如きスピードで、ゴブリンのもとへと駆け寄った。



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