第1章 異世界

第4話 ウトンカ王国

ウトンカ王国。


最長部で東西210km、南北260kmの約32.000km3の国土を要する王国である。


それは、暉の住んでいた日本国の国土の約10分の1程度の大きさである。


7つの地区と1つの自治区で構成されており、王都はウトンカ王国領中心部から少し南下したところにある『ツベクト地区』内にある。


ウトンカ王国、王都ダヨーチ。


その中心地にそびえ立つ城、キョウコ城。その城内に『ツミウスの間』がある。


この部屋で行われる会議や集会は、政の類は無に等しく、戦略や防衛と言った、いわゆる『戦争』及び『戦闘』についての語らいが大部分を占める。


そのため室内は、華美な装飾品や芸術性のある置物などは数少なく、王国内外の地図や王国軍の構成図などが配置され、機能面に重きを置いた部屋であった。


そんなツミウスの間は、早朝から緊張感のある雰囲気が漂っていた。


部屋の中央には、見るからに頑丈で高価そうな大きな丸テーブルがあり、6人の人物が囲むようにして座っている。


そこから少し離れた位置に、騎士の装いをした4人の男が立っていた。


テーブルを囲む6人のうちの一人が怪訝な表情を浮かべながら口を開く。


「…最近は魔物の活動が特に活発なのではないか?」


「つい4日前にも、マタイサ地区の北方で3つもの村落が魔物の被害を受けたと報告を受けている」


少しの沈黙が生まれる。


「…確かに魔物の活動が活発になっているのは確かだが、スイ王女直属のロゼイヤ騎士団が撃退に成功している程度の魔物であろう?」


「まあ、過大に見積もっても下位悪魔を中心とする程度のモノであろう」


一人の人物が握りこぶしを丸テーブルに叩きつける。


「出現した悪魔が下位かどうかなどどうでもよい!マタイサ地区と言えば、この王都のあるツベクト地区と隣接する地区ですぞ!」


そんな激昂した声を聞いて、まだ、年端もいかぬ少女が口を開いた。


「一昨日、先の件での被害調査でわたくし直属のロゼイヤ騎士団を向かわせたのもマタイサ地区北方の村です。この王都から70kmほどしか離れておりません」


純白を基調とし、金色の装飾が所々施されたドレスを身に纏っている。


金色に近い茶髪は腰の位置まで流れており、頭には黄金に輝くティアラが輝いている。


他の5人よりも一段高い床の上に置かれた華美な椅子に座っていることから、この少女がスイ王女であることがわかる。


70㎞。目的地と設定して向かうには近いとは言い難い距離であるが、そこに敵がいるとなれば話は変わってくる。


「70kmといえば、馬の足で1日、早馬を乗り継ぐならば半日かからず、この王都に到達する距離ですな」


少し長めの沈黙が流れる。


例え王都に向かって進行してくる敵があったとしても、王都に到達する前にいくつもの城塞都市などを駆使して防衛や討伐を試みたり、早馬で知らせる手段はある。


だが、知らせを受けてから王都や城塞都市から出軍したのでは、敵と対峙するまでに多くの時間を要することになる。その間、戦う力を持たない村落などは甚大な被害をこうむることになる。


そのような事態がここ2カ月の間で、立て続けに起こっている。今までも魔物の出現やモンスターの襲撃はあるにはあった。


しかし、それは極めて稀なことであった。


「村落を襲っているのがゴブリンなどのモンスターではなく、魔物…つまるところ悪魔となると、考えられる原因は一つなのでは?」


この場にいる全員が胸の内では思っていたが、口には出さなかった。


その最悪の事態がスイ王女によって宮殿内に静かに響き渡る。


「…魔王の復活」


すると、この時まで一言も言葉を発しなかった神父のような男が口を開いた。

「バカな!…そんなことが…」


「ですが、モンスターならいざ知らず、魔物や悪魔が独りでに人間領を襲うことはまずありません」


スイ王女は、目を細め、何かを悟ったような表情を示した。


「つまり、魔王の手によるものかと」


宮殿内がさらに重い空気に包まれた。


「魔王ギリューの封印が解かれた…ということですか?」


「最悪、そういうことでしょう。復活から間もなく、我ら人間領の偵察のために悪魔を送り込んでいる、とは考えられませんか?」


神父風の男が鼻を鳴らし、口角を上げた。


「ありえない…。あの封印は、かの有名な4人の大魔導士が命を懸けて施した、最高のモノ。そもそも魔王は……」


しかし、その言葉が紬を迎えることはなかった。


突如として、この大広間唯一の巨大な扉が押し上げられた。ガコンッと大きな音を立てた扉は、中にいる6人の有識人と4人の騎士を振り向かせるには十分だった。


「緊急事態でございます!マタイサ地区内ヤガマク城塞都市近辺で悪魔の出現を確認したと、城塞の早馬から報告がありました!」


宮殿内に衝撃が走る。


またしても、この王都のあるツベクト地区に隣接するマタイサ地区に悪魔の侵入を許したのだ。


「ヤガマク城塞都市にて駐在していたバクト騎士団が討伐に向かいましたが、苦戦している模様。救援要請と討伐要請を受けております!」


神父は顔の血の気が引いたのを感じた。


「なんだと!バカな…バクト騎士団はこの王国内でも屈指の騎士団だぞ!それこそ、下位悪魔であれば容易に討伐できるはず…それが敵わないということは…」


「少なくとも、中位悪魔の出現…ということですか。それも、マタイサに…」


スイ王女が神父の言葉を繋げた。


「王女!今すぐ軍を編成してヤガマク要塞都市に向かうべきです!三天騎士団の一つ、我がノール騎士団が受け負う。スイ王女。恐れながら、国王陛下への報告をお願いいたします」


騎士と思しき男の一人は、王女の返答を待たずに、足早に宮殿を後にする。


マタイサ地区での悪魔の出現。これは、王国を脅かすに事足りる事態であった。


広間は混乱の一途だったが、それに対しての応対は迅速なものであった。


中位悪魔の出現など、それこそ一つの街が壊滅するほどのものだ。


バクト騎士団が敗れたとなれば、上位悪魔である可能性も高く、ヤガマク城塞都市が被害を受けるのも時間の問題であった。


だが、スイの懸念はそれだけではなかった。


(ヤガマク城塞都市…あそこは、ロゼイヤ騎士団が王都への帰還の前に立ち寄る予定の城塞…)


スイは広間の一角に備えられた窓の先を眺める。


晴天の陽光が煌めく空が瞳に映る。


「どうか、無事でいてください…」


両の手の指を、人並みに膨らんだ胸の前で絡める。


「…ユリカ」


スイは、祈りを捧げるようにして呟いた。

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