第3話 動揺と把握
コンソールに表示されている仮想世界の時刻は10時00分を示していた。
すでに、この仮想世界に入って、2時間が経過していた。
結局、1時間たってもこの世界から解放されることはなかった。
加えて、他の体験者が消滅し、スタッフコールとログアウトが消滅した際に、現実世界の時刻の表示も一緒に消えていた。
蓮は無我夢中で仮想世界を歩き回った。
どこかにこの仮想世界の出口があると信じていた。
そんな中、少し地面が盛り上がったような、丘を見つけた。
丘に登り、頂に立つ。絶句した。眼下には、広大な平原が広がっていた。
どれだけ歩こうと、出口などないことを証明していた。
「まじかよ…本当に、仮想世界に閉じ込められたのか?」
こちらから現実世界にアクセスもしくは連絡を取る手段は何一つとしてなかった。しかし、ここであることを思い出した。
「仮想世界じゃなくて、ここは異世界なのか?何かの拍子に異世界に転移した?」
弟の読んでいた小説や見ていたアニメにそのようなものがあったことを思いだしたのだ。
弟とは非常に、本当に仲が良く、実家に帰るたびに他愛もない話で盛り上がっていた。
もちろん、アニメの話になったこともある。
秋葉原に、弟の好きなアニメのグッズなんかを買いに行ったこともあった。『これは本当におもしろい』といってすすめられたアニメを見たこともある。
故に、そのような考えに至った。
「もし、それが本当だったとしたら、俺はもう、帰れないのか?元の世界に…」
絶望だった。
いや、元の世界がそれほど良かったわけではない。
だが、受け入れていた。今年で28歳になり、社会人として板についてくる頃だ。
職業は保育士。最近は主任保育士という役職も貰っていた。
確かに男は少なく、女性社会特有の様々な柵はあった。
故に気を使うことも。
だが、特に不満はなかった。
それを受け入れるに足る生活を送っていた。
異世界に行きたいなど、この世界を捨てて、どこか別の場所に行きたい。
…などと本気で思ったことは今まで一度もなかった。 本当に。
「…いや、諦めるのはまだ早い。とりあえず、こうゆうときは村や町を、人を探すんだ」
呟くようにして、早口で言葉を吐き出す。
「ここが異世界なら、この世界に住んでいる人も必ずいるはずだ。そうだよ、この世界があのゲームの延長線上にあるものだとしたら、RPGなんだから、絶対にいる」
身体の前で右手を振り下ろす。
それに呼応してコンソールが表示される。
暉はコンソールの左下にある地図を開き、大きく表示する。
特に目立つような表示は見当たらない。
スマートフォンのナビゲーションシステムを操作するように地図を左右に動かした。何度か試しているうちに、緑色のボタンのような表示が現れた。
それをタップすると、『ヤカフ村』という文字が浮かび上がった。
「よし!やっぱり、村があった!とりあえずはここにいこう」
人がいるであろう村を見つけた蓮は歓喜の表情を浮かべた。
そして、あることに気づく。『ヤカフ村』と表示された、右上、少し先に青色の表示を見つけた。
「これは?」
焦るように青色の表示もタップする。『ヤガマク要塞都市』、ヤカフ村の時と同じように文字が浮かび上がる。
「城塞都市?モンスターかなにかに対策を施した街ってことか?」
聞きなれない言葉に、首を傾げる。だが、一人で考えても仕方ないと、その思考を振り払う。
「とりあえず、ヤカフ村に行って、そのあとこのヤガマク城塞都市に行こう」
意気込んだ。でもまた課題が出てくる。
「あ、でも、ヤカフ村まで、どのくらいの距離なんだ?」
地図をもう一度よく見る。すると、地図の右下に、定規の目盛りのようなものが書いてあり、その下に『1km』と書かれているのを見つけた。
「んー、この目盛からすると、大体10kmってところかな?んー、結構あるなー」
だが、歩けない距離ではない。
いや、むしろたった10キロだ。
幸運と言えた。先の見えないことに変わりはないが、当面の目的を見つけた蓮の目に、輝きが戻った。それと同時に、あることに気づく。
「城塞都市があるってことは、やっぱりそれだけ、脅威になりうることがあるってことか?…戦争とか、モンスターとか…」
身体に悪寒が走ったのを覚えた。
当たり前だ。
2024年の日本で、平和に暮らしていた蓮にとって、戦争も、モンスターも未知だったからだ。
少し慌てる。
もしかしたら、ステータスが書き換わっているかもしれない。
今の俺は、その辺の小動物にも負けてしまうほどに弱いかもしれない。
冷静さを取り戻したためか、急に不安が押し寄せる。
震える手で、願うようにステータスのコンソールを開く。
安心する。どうやら、ステータスは体験会としてこの世界に入ったときから変わっていなかった。
「よかったー!とりあえず、レベルが100なら、そんなにすぐ死ぬことはないだろう…」
とはいっても、やはり恐怖はあった。
剣と魔法の世界。スタッフはそう言っていた。
それにRPG。つまりは剣と魔法で戦うということだ。
敵を切り、敵に切られ、魔法をぶつけ合う。
普通に考えれば、そういう世界だ。
「そういえば、おれ、剣も持ってないし、魔法の使い方もわからないじゃん…」
改めて自分の服装を見てみる。
某アパレル量販店で買った、黒スキニーのズボンに、白のTシャツ、そして、黒のスニーカー。あとは上下の下着、暉が身に着けているものは、そんなものだった。
「これじゃあ、いくらレベル100でステータス値が高いといっても戦えないんじゃないか?」
蓮はコンソールの『アイテム』と書かれた項目を開く。驚いた。
「薬草×999に、回復薬×999、それに聖水×999!?」
ここで、一つの確信を持つ。
「ああ、なるほど、体験会の時の持ち物がそのままあるって感じなのか…」
アイテムのほかにも、『装備』や『貴重品』などの項目が表示されている。
なるほど、アイテムという大項目を押すと、自動的に小項目の『アイテム』に飛ぶ。
そして、小項目にはほかのアイテムが小分けして表示されるのか。
暉はそんな風に納得し、装備の欄をタップする。すると、何一つ表示のない、まっさらな画面が出てきた。
「え?剣とかないの?マジで?…じゃあ、とりあえずは素手で行かないとなの?」
はぁ~っと気を落とした蓮だったが、一応貴重品の欄もタップした。
「ん?武器引換券?…お、武器と交換できるの?」
貴重品の欄には、『武器引換券』と『防具引換券』が一枚ずつ表示されていた。武器引換券を選択する。すると、重なるようにしてもう一枚のコンソールが表示される。
「剣、槍、弓…3つだけ?…うーん、まあ、ここは無難に剣にしておこうかな」
暉は剣と表示されている部分をタップする。すると、目の前にゴトっと音を立てて、何かが出現した。そこには、鞘に収まった日本刀が鎮座していた。
「うおっ、本当にでた!」
まるで子どものようにはしゃぎながら、地面に落ちた剣を手に取る。そして、鞘から抜き払う。
「日本刀!名前は…『破邪』!?めっちゃかっこいいじゃん!いやー、失われた厨二心ががくすぐられるわー!」
そういって、ちょっとかっこつけて剣を薙ぎ払ってみる。
衝撃。
ちょっと力任せに剣を振り下ろしただけなのに、あたりには烈風が巻き起こり、自分の右下には、まるで斬撃が飛び立ったかのように、地面を深々とえぐった跡が見られた。
「は…?」
思考停止。文字通り固まった。一体何が起こったのか?
「え?マジ?」
驚いたが、すぐに何が起こったのか理解する。
「レベル100はんぱねーな…。いや、武器の性能もあるのか…?」
と、同時に先ほどまで心配していたことが、綺麗さっぱり消えていく。
「こんなん、余程のことがない限り、死なないじゃん…、いや、でも油断は禁物か…」
刀を鞘にしまう。だが、少し困ったことが起きた。
「ずっと手に持ってるのも、なんかめんどいな…」
少し考え、ひらめく。
「そうだ!」
蓮はTシャツをたくし上げる。
すると、スキニーパンツのベルト通しがみえた。
「ここに鞘を差して…、ちょっときついけど…、よし、いい感じじゃん!」
スキニーのベルト通しに鞘を無理やりねじ込んだ暉は、刀をそーっと鞘に戻した。
ふう、と息を漏らす。
「えーと、次はっと…」
そういって、蓮は防具引換券をタップする。
同じように、各箇所の防具を選択する画面が出てきた。
「げっ…もしかして、一個しかもらえない感じ?セットとかないんだ」
表示された選択肢は、頭、身体、腕、手首…など10数か所の身体の部位を示していた。
「んー、なんか一つだけ防具纏ってもなー、ダサい感じがすごいよね…」
そんな風に悩んでいると、一番下にいい感じの項目があった。
「お、マント、マントなんかいい感じなんじゃないか?」
マントなら、防具一点縛りのぎこちなさもさく、黒スキニーに白Tシャツの今の服装にもそれとなく合うだろう。
そう思った暉は、マントをセレクトする。
剣の時と同じように、バサッと目の前に布切れが落ちる。
「あ、色とか選べないのね」
てっきり色の選択もできると思っていた暉にとって、ちょっとした不意打ちだった。
「でも黒ならいい感じじゃん」
地面に落ちたマントを払いながら、バサッと羽織る。鎖骨当たりにあるひもを縛り、少し手で翻してみる。
「おお、なかなかいい感じなんじゃないのか?」
首を回して右後ろを見たり左後ろを見たりして、マントの状態を見る。まるで、試着室の中の人のようであった。
「なんか、楽しくなってきたな!次は魔法とスキルだな!」
そういって、蓮は次々と、コンソールをタップしては試して…を続けていた。現実世界に帰れないと嘆いていた蓮はどこへやら…。
しかし、その楽しさが抜け、少し冷静さを取り戻すと、やはり不安と寂しさが見え隠れしていた。
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