第2話 転生
蓮が目を開くと、そこにはどこまでも広がる平原と、青空が広がっていた。
思わず目を見開いて固まってしまった。
都内のそれも都心に住んでいると、これほどまでに自然で満たされた世界を見る機会はなかったからだ。仮想世界に入ったことよりも、どこまでも広がる広大な自然に心奪われた。
「すげー、マジに…仮想世界じゃんか…」
左右に視線を移すと、ほかの体験者たちが目に映る。
他の体験者も驚いている様子が見て取れた。
だが、少しすると、その時間も終わりを迎える。
さっきまで、ヘッドギアを被ったために暗闇しかなかった視界に、晴れたように自然が広がっているのだ。
本当に、本当に感動した。
人類はこれほどまでの技術を可能にしたのだと。
これならば、各々が思い描くような理想の世界を仮想世界で作り上げることができるのではないだろうか。
そんな風に知恵者のような考えを走らせていると、頭の中に直接スタッフの声が響いてくる。
「皆さんが無事に仮想世界に入ったことが確認できました。それでは、コンソールを開き、各人思う存分楽しんでください」
そう言い残すと、それからは一切スタッフの声は聞こえなくなった。
どうやらこちらからスタッフコールを押さない限り、向こうからの発信はしないようであった。
「とりあえず、コンソールを開いてみるか。確か、右手を上から下に流すようにおろすんだったよな」
蓮はスタッフの説明を思い出すようにしてコンソールを開いた。何もないはずの空中に画面が表示される。
「おお…」
表示された画面、コンソールは細々と様々な情報が記されていた。
「ええーと、まずはログアウトボタンを探してみるか…、っとこれだな」
コンソールの右下の端に赤く光るボタンがあった。ボタンの中心に白い文字で『LOG OUT』と書かれていることを確認する。
「これを押せば、ゲームを終了できるわけだな…」
そう呟きながら、コンソール全体をなめるように見る。
「しっかし、体験だってのに、ものすごい精密に作られてるな…もうこのゲーム、完成に近いんじゃないか?」
コンソールには、現実世界の現在時刻、仮想世界の現在時刻から、ステータス、魔法、スキル、アイテムなど、様々な項目がずらりと並んでいた。
「んー、まあ順当に上から確認していくか…」
一番上にある『ステータス』ボタンを押してみる。
すると、画面が重なるように増え、左側には人の形を模したイラストが、右側にはレベルやHPなどのステータスが表示された。それを流すように見ていると、ある違和感に気づく。
「ん?LEVEL100?…え!?100!?」
『LEVEL100』の表記の後ろには、『MAX』と書かれていた。このゲームにおいては、『100』が最高レベルであることを物語っていた。
「ああ、そういえば、説明で体験だからレベルは100で、魔法もスキルも全開放、って言ってたっけ…」
スタッフの説明を思い出す。
「まあ、もし本当のゲームで最初からレベルが100だったらクソゲーもいいところだよな」
皮肉っぽく笑うと、コンソールを閉じて、身体を伸ばした。視線を右上に移すと、「残り58分」と表記されていた。
「時間も1時間って限定されてるし、とりあえず少し歩きながら仮想世界を楽しみますか」
そう言って、蓮は意気揚々と一歩を踏み出した。
新しい経験ができると、ワクワクしながら歩き始めた。しかし、それはすぐに打ち砕かれることになる。
右横にいた、といっても10mくらい離れていたが、その男性の身体の周りに、バチバチっと電気が走っていた。
一瞬、雷系の魔法でも使ったのか?とも思ったが様子がおかしいことに気づいた。左側にいた男性にも同じように電気が走っていたのだ。
「え?なに?どうしたんだ?」
そう呟いたその瞬間、蓮は大きく目を見開いた。
身体が少しずつ、透けて薄くなっているのである。何が起こっているのかわからなかった蓮は、思わず足早に右横の男性に歩み寄った。
「すみません、大丈夫…」
しかし、近づいて声をかけようとしたとき、男性の身体はかき消えてしまった。
何かまずいことが、非常事態が起きている。
そう思った蓮は、スタッフコールを起動しようとコンソールを開く。
しかし、そのコンソールにはスタッフコールのボタンがなかった。まるで、消しゴムで消したかのように、跡形もなく消えていた。
「は…、なんで?」
その時、嫌な汗が噴き出るのを感じた。
まさか…、そう思って右下に目を移す。うめき声のような、声にもならない音が蓮の口から洩れた。
「ログアウトボタンも…ない…」
呆然としていたが、思い立ったかのようにあたりを見回す。蓮の周りには、誰一人、いなかったのだ。
「俺だけ?ほかの体験者たちは?」
いくら周りを見渡しても、そこにはどこまでも広がる平原と、澄み切った青空しかなかった。
「ど…」
蓮は呼吸が荒くなっているのを感じた。何が起こったのか、何が起きているのか、まったく理解できなかった。
「どうなってんだーーー!!!」
悲鳴にも似た怒号が、平原を駆け抜け、青空へと消えていった。
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