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振り下ろされたはずの鉄パイプは、寸前でピタッと止まる。


「あぶねー。ルール違反するとこだった。俺のターゲット、おまえらじゃないや」


男はくるりと振り返り、別の女性の頭を鉄パイプで叩きつける。


「クソ女がっ!!」


プルルルルルルッと、電車の発車のベルが聞こえてくる。

「おい、棗っ!!」

棗は双葉を引っ張ってホームまで来ると、停まっていた電車に乗る。

「さく、乗れ!!次の駅で降りる!!」

その声で、俺と渥美さんも電車に飛び乗った。



電車は満員。次の駅までは3分程度。


身動きのとれない電車の車内に、カウントする誰かの声が聞こえてくる。


「6ばーん」


そのすぐあと。


「きゃあああああああああっ」


恐ろしい叫び声が聞こえてくる。


「なっなばーん!!」


「ハチばん!!」


どんどん近づいてくる。


「9ばん……」


「十番!!」


「ジュウイチばん……」


カウントの声と死の恐怖に、ただ怯えるしかなかった。

そんな俺に、渥美さんが言う。

「もうすぐ駅だ。大丈夫、助かるから。大丈夫だから……」

何度も何度も、まるで自分に言い聞かせているようだった。


電車は減速し、次の駅のホームに到着した。

しかし、いくら待ってもドアが開かない。

「咲っ!!」

棗が双葉をつれ、人込みをかきわけてこちらに来る。

「棗、どうなってんだよ」

「やられた。このまま乗ってたら皆殺しだ」

焦る棗に、渥美さんが声をかける。

「落ち着け!!非常レバーを解除するから、ドアを開けてくれ」

急いでレバーを解除し、俺と渥美さんでドアを開ける。

「急いで降りろ!!」

そばにいた乗客がどっと押し寄せて、ホームへ逃げ出す。

その波に押されて、転びそうになった双葉を棗が受け止める。

「海老原くんも、早く! 先に行くんだ!」

渥美さんが俺の背を押したとき、真後ろでカウントが聞こえてくる。

「20ばん!! 誰も逃がさないよ!!」

突然、ドアが締まろうとする。

「早く行け!!」

渥美さんは俺をホームに押し出した。

「渥美さんっ!!」

ドアは微妙な隙間だけ残して、それ以上は開かなかった。

外側からドアを必死に開けようとする俺に、渥美さんは笑って言う。

「もういいんだ、海老原君。俺は……」

そんなのダメだ。

「ダメだ!! 渥美さん、早く飛び降りろ!!」

棗が駆け付けて、ふたりがかりでドアをこじ開ける。

手を引っ張って電車から降ろすと、渥美さんと棗がホームに倒れこむ。

電車は、警笛を鳴らして走り出す。

まるで悲鳴をあげているかのよう。

地下鉄の線路の先は異様に真っ暗で、吸い込まれそうで恐怖を感じた。



――どうにか逃れたものの、このさきどうしたらいいんだろう。


「とりあえず、ここを出よう」

渥美さんに連れられて、皆、ホームから改札に向かう。

駅員達が止まらなかった電車に困惑して、アタフタしていた。

この駅は利用者が少ないため、静かで穏やかだ。

やっと逃れられた……そう思い、階段を上って地上へ出たとき。

「きゃああああああああああっ」

すぐそばから悲鳴が聞こえた。

「止まれっ!!」

棗が叫ぶ。

「棗!?」

振り返る。

「え…あ…」

何か言おうとした双葉の顔を、棗が手で遮る。

「うっ…」

「渥美さん、こらえて」

棗が小声で話す。

「咲、落ち着け。絶対に動くなよ……そのまま……」

意味がわからなかった。

でも、振り向いたらヤバイのは自分でもわかった。

だって、変な音がするんだ。


キシャ、キシャキシャ……何かが軋むような音だ。


その音が止んだとき、誰かが俺達に問いかける。


「ねぇ~え、久美ちゃん、みなかったぁ?」


右目にはフォークが刺さった、血まみれの女性だ。


「久美ちゃんねっ……私のこと見たら逃げちゃったの」


よく見ると、身体中にフォークが刺さっていて、そのフォークが骨と擦れるせいで、歩くたびにあの変な音がした。


「うっ」と言いかけて、その言葉を飲みこむ。危うく叫んでしまいそうだった。


「ねぇってばぁ……」


喉に穴が空いていて、喋るたびにヒューヒューと空気の抜ける音がした。


「早く教えてよぉ……」


棗は黙ったまま、左手の方を指差す。


すると、女性は嬉しそうな顔をする。


「ありがと……」


キシャ、キシャキシャと、気味の悪い音と気配が遠くなる。

「棗、なんだよあれ……」

「逆恨みされるかもしれないから、かまわない方がいい。行こう。咲、とにかく聖のところへ」

棗の言葉に俺は頷く。

「わかった。一度うちに戻ろう」

俺達は、渥美さんの後に引率されて街を行く。


***


家に着くと、俺達を出迎えたのはおばさんで、聖の姿はなかった。

「聖ならさっき飛び出していったわよ」

まだ、この場所には何も起きていないみたいだけれど、俺は気が気じゃなかった。

「咲、どうしよう……」

2階から下りてきた棗が、持っていた紙をこちらに差し出す。

「棗、その紙は?」

「聖の部屋にあって……あいつ、たぶん探しに行ったんだ」

その紙には、聖の書いたメモが残されていた。




悠志



義成



詩織



章吾



香奈



太一



愛里



初美





哲馬



絵里奈




香奈から悠志までを見ればわかる。

これは殺された順番を示しているんだ。

「香奈の前の、太一って?」

俺の問いに、慌てて渥美さんは手帖を出す。

「曽我太一は、岡崎香奈を殺害した加害者で、米山愛里に殺害された被害者でもある」

「じゃあ、愛里って子は?」

「白木初美に……でも白木初美は死んでないんだ。彼女は全身を数十箇所殴られ、意識不明の重体。加害者は菊池渉」

――死んでいない人間もいるのか……。

「菊池渉は容疑は認めたものの、彼も今は病院だ」

でも、初美以降は確実に死んでいる。

「調書をとったとき、菊池は何度も同じ言葉を繰り返した」

「同じ言葉を?」

「俺が悪いんじゃない、悪いのは初美だって。仕返しは倍返し、哲馬の仕返しが32発だから俺は、倍の64発殴ったんだって」

「倍? 64発?」

「彼の身体は痣だらけだった。板倉哲馬はすでに自殺していた。板倉哲馬は三宅絵里奈から暴力を受け、それが原因で自殺したという話だ。三宅はこの件は黙秘している…」

「じゃあ、その前は?」

俺の問いに棗が答える。

「聖は、その三宅って子に会いに行ったんだ。呪いの道筋を辿って、始まりを探しに。始めた奴に聞けば、終わらせる方法がわかるかもしれない」

この呪いを終わらせる方法があるなら、聖のもとへ行かなくちゃ。

「棗、渥美さん、行こう、聖のところへ。終わらせよう」

ふたりは、こちらを向いて頷く。



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