【3】

-1

まるで自分が誰かに乗り移って、人を殺してしまったような、そんな奇妙な夢を見た。

俺は、勢いよく布団から飛び起きる。

辺りを見回してみたけれど、その場に穂波と呼ばれる少女はもちろん、悠志の姿はどこにも見当たらない。

――やっぱり、夢か……。

だけどまだ、手がガタガタと震えていた。

呪いなんてものが本当にあるなら、止めなくちゃ。



身支度を終えた俺と棗は、聖を家に残して駅へ向かった。

棗の言うとおり、地下鉄の1番ホーム。

停まっていた電車は、サラリーマンや学生、たくさんの人で満員だ。

プシュっと音を立ててドアが閉まり、電車が発車する。

いつもと変わらない、慌ただしい朝の一コマだった。

一体、ここで何が起こるというのだろうか。

「渥美さんがいない」

先程から棗はキョロキョロ辺りを見回して、渥美さんを探しているみたい。

そう言われてみると、警察関係者らしき人はたくさんいるのに、渥美さんは見当たらなかった。

時計を見る。午前7時53分。

俺たちが待っている方角とは、反対側の電車がホームへ入ってきた。

今、まずいことに気がついた。

「渥美さん、反対側のホームにいたような……」

俺がそう言うと、棗は勢いよく駆け出す。

「棗、待って!」

後を追って、俺も反対側のホームへ急ぐ。

人ごみを掻き分けて走る姿が異様で、皆怪訝な顔で振り返る。

一気に階段を駆け下りて、反対側のホームまで来ると、そこで渥美さんが待っていた。

「渥美さ…」

呼び止めようとした時だった。



――ピイイィィイィィイイ、ガアアアァァアッッ……


スピーカーからの物凄い音がして、思わず耳を塞ぐ。


「――皆さん、おはようございます……」


あの声は昨日の風の……ああ、悠志の声だ。


「今日は皆さんに、俺の考えたゲームに参加してもらおうと思いまして。簡単なゲームです…ヤラレタラ、ヤリカエス、だけで結構です」


――一体、何の話だ?


「基本ルールは変わりないので……って言っても、皆さんは知らないですね。今から読み上げます」


悠志は、コホンコホンと咳払いをしてみせた。



「1、この手紙を渡されたあなたは渡した当人から怨まれています」


「2、この手紙を渡されたあなたは渡した当人から仕返しをされます」


「3、あなたは仕返しを回避することはできません」


「4、あなたは仕返しをされたかわりに他の誰かに仕返しができます」


「5、もちろん仕返しは倍返しにできます」


「6、実行厳守です」


「なお、この手紙は破いたり燃やしても効果は消えません。ルールを破ったものには罰が与えられます」


わけのわからない説明を終えた後、悠志は思い出したかのように再び話を続ける。


「ココからは、本日のイベントの特別ルールです」


辺りがざわつく。


「追加ルール1、このイベントは俺側と穂波側の2チームの対抗戦です」


「追加ルール2、このイベントではどちらのチームが多く殺したかを競います」


「追加ルール3、相手が納得するように殺る前に仕返しの理由を伝えましょう」


「追加ルール5、制限時間は24時間です」


「ふざけるなっ!!」


ホームに響き渡った俺の声は、無視され掻き消される。


「基本的なルールは変わらないんで。ルールを破ったときの罰に気をつけてください。そして最後にもう一度。仕返しは倍返し、実行厳守です」


アナウンスから、クスクスと笑い声がする。

「最後の人は、何人殺れたか教えに来てくださいね。地獄で待ってます」

絶対に正気じゃない。

「皆さん、そんなとこにいていいんですか? 早く逃げた方がいいんじゃ?」

周囲の人達は、まだ状況を飲み込めていないみたいだ。

「それでは、ゲームを始めましょう。皆さんのご健闘を祈ります」

プツンッと、アナウンスが切れる。

今からここで、殺しの連鎖ゲームをしようというのか。

殺された人間が、次の誰かを殺して、殺された人間が、次の誰かを殺して、殺された人間が、次の誰かを殺して……数珠繋ぎの呪いの螺旋。

通勤時間に数人々が溢れかえるこの駅は、ゲームを広めるにはおあつらえ向きの舞台というわけだ。

怨みや妬み……そんなの持っていない人間なんていない。

だから始まってしまえば、こんな呪い、すぐさま伝染していくだろう。

――そんなの、冗談じゃない。


どこからか、悠志の声が聞こえてくる。

「でも、止められるの? おまえなんかに?」

その通りだ。俺なんかに止められるはずがない。

「人の闇は深い……怨み、妬み、蔑み……この呪いは全てを開放するんだ……」

すぐそばを、ソイツの気配が通り抜けて行った。

きっと悠志だろう。

「闇の前では人は無力。それを思い知らせてやる。それこそが俺の仕返し。この不公平な、不平等な世界への最大の仕返しだ!!」

悠志の気配が消える。

電車の接近を知らせるベルが流れる。

「咲……俺、おまえのこと守れる余裕がない……」

棗が俺の服の裾を引っ張りながら、小声でそう言った。

「ああ、俺も。自分を守るので精一杯だ……」

ホームに電車が入ってくると、ベルがやむ。

「逃げよ。絶対に死ぬなよ。ついてこい!!」

渥美さんはそう言って、人込みを掻き分けて行く。


クスクス、クスクスと、どこからか笑い声が聞こえた。


電車がホームに入ってくる。


モウトメラレナイ……俺達はただ逃げ惑うだけだ。


「いっ~ちば~ん!!」


後方から掛け声が聞こえてきて、みんな振り返る。


ホームに入って来た電車の先頭車両から、悠志が身を乗り出して手を延ばす。


「テメー見てると吐き気がすんだよ!!」


――ドカッ。


「咲っー!!」


棗の叫ぶ声が聞こえた。


悠志の延ばした手が何かにぶつかって、血しぶきが飛び散った。


ホームにドサッと誰かの身体が横たわり、頭は数メートル先に落ちる。


「キャーッ!!」


悲鳴と共に逃げ惑う人達。


「海老原君!!」


渥美さんが、俺の腕をつかんで引っ張りおこす。


まだ生きていた。


咄嗟に避けたおかげで助かった。


――いや、そうじゃない。標的が俺じゃなかっただけだ。


「もうひとつ、いちばーん!!」


また掛け声がする。


「いやっ!! 離して……」


今度は階段の上からだ。


「きゃはははははぁ~」


笑い声がこちらに向かってくる。


「おまえ全然可愛くないのに、調子のってんじゃねーよ」


階段のてっぺんから、少女が何かを引きずりながら駆け降りる。


「キャー!!」


ホームに着いた頃には何かは身体中をぶつけ、血まみれになっていた。

首がグニャンとなっていて、すでに息はないだろう。

やっと状況を把握し、皆外をめざして走り出す。


「咲、早くここから…」


棗に引っ張られて、ホームから改札へと向かう。


すると、さっき階段の下で死んだはずの子が、改札の機械の上に立っていた。


「にっばーん!! ウゼーよ!! 私が卓のこと好きだったのに!!」


彼女は、同じ制服姿の女子高生を見つけると、そちらに向かって勢いよく飛び掛かる。


「いやぁあぁあああぁあぁ」


彼女の手が身体を貫き、一瞬にして辺りは血の海になる。


「うっ…」


吐きそうだった。でも、そんな暇はなかった。


ガシャン、ガシャンガシャン。


出入口のシャッターが、一斉に下りる。


「逃げられちゃ、困るんだよね……」


どこからか男の声がした。


「2番……おまえキモいんだよ!!」


「ぅわあぁあああぁぁあぁ」


悲鳴が聞こえて振り返る。

さっき悠志に殺された人の頭が、男の首筋に噛み付いていた。

「誰か…助け…て…」

男は首か大量に血を流したままこちらに歩いて来る。

「ひぃっ…」

逃げたい。今すぐここから逃げたい。

「さんばーん!!」

でも、逃げる場所がない。

「咲、渥美さん、ホームに戻るんだ!! 電車に乗る!!」

棗が走りだすと、その後を俺と渥美さんは追い掛ける。

すると、どこからか女の子の声がした。

「棗っー!!」

――えっ…!?

棗が慌てて振り返る。

「双葉………双葉!! どこにいるんだ!!」

階段の前に、双葉がいた。

「馬鹿!! 今日は家にいろっていっただろ!?」

棗は来た道を逆戻りし、双葉の元へ向かおうとした。

その瞬間に、双葉の後方から声がする。

「ごばーん!!」

まずい……棗も双葉も気付いていない。

「双葉後ろっ!!」

俺は大声で叫ぶ。

「えっ……」

振り返った双葉のすぐそば。

男が、笑いながら鉄パイプを振りかざす。

「イヤッ!!」

双葉はその場にしゃがみ込むと、駆けつけた棗が双葉を庇おうとした。


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