第3話 凱旋
帝国南部にある街レイディアンはレイド山の麓にある。
一年中、猛暑が続く農業には向かない地域である。
ここ数百年はレイド山も火山活動はなく休火山となっている。
また、南には広大な海が広がる港町であり、長期休暇の季節には帝都の金持ちが海水浴に訪れるリゾート地でもあった。
ただし、ここ数年はレイド山の洞窟に棲む青龍ダコスエイドの活動が活発で、長期休暇中に訪れる人もまばらになっており街も廃れていた。
そんな折に帝国が青龍ダコスエイド討伐の方針を決めたのは港町レイディアンにとっては朗報であった。
多額の懸賞金を掛けられた青龍ダコスエイド討伐のために一攫千金を狙う冒険者たちが我先にと集まってきているのである。
街はかつての賑わいを取り戻しつつあった。そして青龍ダコスエイド討伐の報が届き街は大騒ぎになっていた。
レイディアンにある冒険者ギルドに青龍ダコスエイド討伐完了を報告したアダム一行は食事をとるため近くの酒場に向かっていた。
「やはり僕が言った通り最初に逃げ道を塞ぐ攻撃が効果的だったろう」
得意げにアダムはジュラと肩を組む。
「こんな簡単なことを思いつかないなんてこの街の冒険者たちは何をやってんだろうね」
ジェラも続ける。
青龍ダコスエイドを討伐したのは私たちじゃないのにどうしようと戸惑い、黙り込むマリーの目に酒場の入口に横たわる小さな男の子が飛び込んできた。
「おい、邪魔だ」
アダムはその小さな男の子を蹴り飛ばし、ジュラと一緒に店内に入っていった。
マリーは小さな男の子に駆け寄り抱き寄せた。
小さな男の子は年のころは五、六歳くらいで、ボロをまとっていた。
小さな男の子は長い間体を洗っていないのだろう異臭を放っていた。
マリーはそんなことよりも小さな男の子の顔を見入った。
垢で真っ黒になった顔には両目をつらぬく刀傷がある。
「大丈夫?」
マリーは心配そうに尋ねる。
「あ、あ・・・・・・」
盲目の少年はうめく。
マリーは治癒魔法を詠唱した。
マリーの杖から放たれた光が盲目の少年を包む。
「あ、あ・・・・・・」
盲目の少年には何も効果がないようだ。
盲目の少年を治癒するにはもっと高度な治癒魔法が必要なようだ。
マリーは治癒することを諦めて、店内に入っていった。
マリーが店内に入ると二人は奥のカウンターに座っていた。
二人は店内の酔っ払いたちに向かって青龍ダコスエイド討伐の武勇伝を大袈裟に語っていた。
「と、その時ジュラが放った電撃が青龍ダコスエイドを襲い、バランスを失った青龍ダコスエイドは火口に向かって落ちていったんだ。すごいだろう」
話を聞いていた酔っ払いたちは拍手喝采をして二人をはやしたてた。
大袈裟な武勇伝というよりも大ほら吹きではないかとマリーは心の中で思いながら目の前に用意された軽食にありついた。
酔っ払いの冒険者の一人が三人の隣に座った。
「多額の懸賞金がかかっていたみたいだが、冒険者ギルドでもらうのか?」
「多額なので帝城で受け取るそうですよ。勲章とかもらえるのかな」
お調子者のアダムはおどけてみせた。
「帝城と言えばあそこはもともと旧王国でも王城だったんだぞ」
「旧王国というと五百年前に滅亡したノーブラント王国ですか?」
酔っ払いの冒険者の言葉にジュラが尋ねた。
「そうだぜ。初代皇帝ハイランドベリー様が最後は王国の民を苦しめていた悪童王子ケインを一騎打ちの末打倒して王国を滅亡させたらしいぜ。その死闘の影響でハイランドベリー様は龍化してしまったらしいがね。龍化のおかげでまだ生きているとか噂もあるけどな」
「えっ、五百年以上も生きているってことですよね。それなら龍化も悪くないんじゃないですか」
アダムがさらにおどけた。
別の冒険者が近づいて言う。
「なんでも大魔導士は魔法を使いすぎると龍化の呪いを受けるらしいぞ。お前たちが倒した青龍ダコスエイドも元は大魔導士のはずだぞ」
隣に座った酔っ払いの冒険者が付け加えた。
「青龍ダコスエイド討伐の報が届けば帝都も大騒ぎになるぞ。勇者アダム一行の誕生だとね」
冒険者たちははやし立てた。
「帝都はここから三日かかるから今夜は早寝をしてゆっくり休みたい」
マリーは気だるそうに席を立った。
「僕たちはまだ話があるからマリーは宿に先に帰ってゆっくり休むといい」
「そうさせてもらうね」
マリーは宿に帰り寝床に倒れこみ、そのまま泥のように眠りについた。
帝都エリナスフォード。
帝国の都にして帝国最大の政治商業の中心地である。
名前の由来は聖女エリーナ様のご威光にあやかるために五百年前に命名された。
帝都中心には帝城が雄大に聳え立ち、訪れるものを圧倒する。
その周囲を取り囲むようにして、帝国の官庁や政財界の重鎮の居宅がひしめいている。
さらにそれを囲むようにして、陸軍や魔導士軍の駐屯地がある。
三人が在籍している魔導士学院はその魔導士軍の駐屯地に隣接している。
五百年前に初代皇帝ハイランドベリー様が挙兵した魔導士詰所が基となっており、中世の佇まいを残す外観を誇っていた。
帝都は普段通りの活気はあるが、青龍ダコスエイド討伐の報はいまだに届いてはいないようだった。三人は不思議がりながら魔導士学院に登校し学院長に青龍ダコスエイド討伐の報告をしに行った。
三人が帰還したことを知った学院長は直ちに三人を学院長室に呼び出した。
「城から使いの者が来て君たち三人に出頭命令が下っているらしい。いったい何をしてくれたんだ」
学院長は困惑気味だった。
三人は黙り込んでいたが、アダムが代表して学院長に言った。
「青龍ダコスエイド討伐に成功しての帰還であり出頭命令が出るような行いは一切していません」
「うむ、青龍ダコスエイド討伐とは。しかし帝国から出頭命令が出るということは相応の理由があるということだぞ」
「出頭命令の理由をここで推測していても詮無きことなので、出頭命令が出ているなら速やかに帝城に出頭します」
アダムが不本意そうに言った。
「ぜひそうしてくれ。学院の名を汚さぬように」
学院長は不機嫌そうだった。
「いったい何が起きているんだ!」
ジュラが怒りをあらわにする。
「ヒェー。よくわかんないけど私たちがやっていないのがバレたんじゃないの」
マリーは頭を抱える。
「出頭命令ということは相当な覚悟で城に行かないとね」
アダムは無念そうに言った。
魔導士学院は帝都のはずれかつて初代皇帝ハイランドベリーが挙兵した魔導士詰所があったといわれる場所に立っていた。
中世の面影を残す佇まいは周囲を圧倒するには十分だった。
アダムたちはかつて初代皇帝ハイランドベリーたちが進軍したと想定されるルートで城に向かった。三人とも非常に重苦しい足取りのままの無言の進軍であった。
やがて城門の門番が見えてきた。屈強な体躯をしている。
門番に出頭命令の件を伝えると、三人は城とは別の大きな建物に案内された。
「こんな大きな建物に何があるのかな」
アダムもジュラも不安そうだ。
その建物は一目見て城と同じような大きさなのだが外からは窓のようなものは一切見当たらない。
また、どう見ても中は吹き抜けの構造になっているように外観からは想像がついた。
マリーがふと後ろを振り向くと、遠くのほうにあの盲目の少年が杖をつきながら自分たちの後をついてくるのが見えた。
小さいから門番にも気づかれなかったのかなと思いながら、盲目の少年が持つ杖に目を奪われた。
あれは魔導士の杖のような気がするけど。
そんなことを考えているうちに大きな建物の中に案内された。
「中には皇帝がおります。ここからまっすぐ行った先に大きな扉を開けて中に入ってください。私はここにおりますので」
その建物の案内人は入口に戻っていった。
彼女はどうも建物の中には入りたくないようだ。
扉の前まで来た三人はその扉の大きさに圧倒された。
「この扉はどう開けるのかな」
ジュラが首をかしげる。
「古今東西、扉を開く呪文といえば『開けゴマ』だよ」
アダムがおどける。
その瞬間、扉が開き始めた。
三人はそんな呪文で開いた扉よりもその奥にいるものに腰をぬかした。緑龍がいたのだ。
三人を光が包み込み、緑龍の眼前に運んで行った。
「我が名は皇帝ギルランドベリー! 初代皇帝ハイランドベリー様の末裔だ」
緑龍ギルランドベリーは威厳ある声音で三人を威嚇した。
恐怖で声も出ない三人をよそに緑龍ギルランドベリーは続ける。
「あの忌々しい青龍ダコスエイドを討伐してくれた褒美を出さないといけないな。褒美は何がいい?」
三人はまだ恐怖で声も出ない状態であったが、ジュラが声を振り絞って言った。
「けんしょうき」
恐怖で動けないジュラを緑龍ギルランドベリーの巨大なしっぽが襲う。
ジュラが壁に向かって勢いよく飛ばされ全身血まみれになって床にずり落ちていく。
「そこの金髪! お前はなにが望みだ」
「命だけは」
緑龍ギルランドベリーの右手がアダムを吹き飛ばした。
「ヒェー」
マリーが怯える。
「何を言っても死を与えるだけなのだが、お前は何が望みだ」
緑龍ギルランドベリーは不敵に笑った。
言葉も出ないマリーはその場で気絶した。
ゴーンゴーンゴーンゴーンゴーン
部屋中に時の鐘の音が鳴り響く。緑龍ギルランドベリーは消滅した。
どのくらいの時間が過ぎたのだろうか・・・・・・。
気絶したマリーの意識が戻り始める。
「あ、あ・・・・・・」
マリーの傍に盲目の少年がいた。
時の魔法 杉山薫 @sugiyamakaoru
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