時の魔法

杉山薫

第1話 落城

 ノーブラント王国の長い一日は駆け込んできた伝令の一声から始まった。


「宮廷魔導士ハイランドベリーが魔導士詰所にて反旗を翻しました。敵兵力はおよそ三百。王城に向かって進軍しています」


王宮参謀カイネルはその急報を聞き、持っていた杖を落とした。


「急ぎ精鋭部隊を魔導士詰所に派兵し、逆賊ハイランドベリーを討伐せよ」


「すでに城門から見えるところまで敵兵は迫っています。王族の避難が優先かと・・・・・・」


側近が進言した。


「ハイランドベリーがエリーナ王女を狙っているという噂は本当だったか」


カイネルは肩を落とした。程なくエルン国王が王の間に着陣した。勇敢なるエルン国王はその場にいた三十の兵を率いて城門に向かった。伝令の報告通り敵兵は目の届くところまで進軍していたが、エルン国王は騎馬を駆り敵兵の集団に突撃をしかけた。遅れて歩兵もつづく。しかし、敵の後方支援の魔導士たちの攻撃にあい敵兵まで届かない。エルン国王は程なくして王城内部まで撤退して籠城戦にはいった。


「王城内部には物資が十分にあるのでしばらくは攻撃をしのげるはずです」


カイネルはエルン国王を励ました。


「籠城戦というのは援軍が望めるのが前提だ。援軍などどこにもいないではないか」


エルン国王は覚悟を決めたかのように呟いた。


「援軍であればケイン王子がおります。一騎当千と名高い剣士であれば三百程度の敵兵など敵ではございません」


カイネルはエルン国王を励ました。


その日は夜明け前から従者二人を伴な遠乗りにでていたケイン王子が王都の変事に気づいたのは昼過ぎであった。


「王城付近から煙が上がっております。王城に何かあったのかもしれません」


従者の一人が心配そうに言う。


「父上が心配だ。飛ばすぞ。ハイヤ!」


ケイン王子は愛馬に鞭をいれて帰路を急いだ。程なく城門が見えるところまでたどり着いたが、王城が多数の兵に囲まれているのを発見し、ケイン王子は従者二人に声をかけた。


「このまま敵兵に突撃をかける!」


「ハッ」


「ハッ」


三人の急襲により敵兵たちは霧散したものの、いかんせん多勢に無勢である。敵兵は態勢を立て直してきて、逆に押し返されていく。ケイン王子を庇うために従者がひとり、またひとりと敵兵の刃におちていく。それでもケイン王子は態勢を整えて、再度突撃をかける。


「ウォー!」


雄たけびをあげたケイン王子が突進する。愛馬が敵兵の刃にかかりケイン王子は落馬しそうになるが、なんとか体勢を保って再度敵兵に突撃した。


「ウォー!」


再度のケイン王子の雄たけびである。敵兵たちはその決死の形相に恐れおののき後退を始める。その時、宮殿の入口の門が開き、エルン国王率いる精鋭部隊がケイン王子に合流した。

王国軍が敵兵を押し始めた時、敵兵たちの背後からハイランドベリーの高笑いが響く。


「王と王子が揃って出陣とはやはりこの国は亡びる運命なのだろう」


敵兵たちの背後にいた魔導士たちの魔法が王国軍の勢いをそぐ。


「王城内に退却せよ!」


エルン国王の指示が飛ぶ。


「父上は先に。わたしが殿をつとめます」


ケイン王子が再度の突撃をかける。敵兵たちが怯んだ隙にケイン王子を含めた王国軍は王城内に無事退却した。王城内に無事退却したのもつかの間、青龍が王城の壁を突き破って突撃をしてきた。


「我が名は大魔導士ダコスエイド。ハイランドベリーとの盟約により王国を滅ぼすが悪く思うなよ」


青龍が王国軍をなぎ倒しながら叫んだ。


「大魔導士ダコスエイド・・・・・・。龍化の呪いを受けていたとは」


エルン国王がため息まじりに言う。

青龍ダコスエイドが城門の重い扉をなで倒し、敵兵たちが王城内に殺到する。


「青龍ダコスエイドよ。援軍ごくろう。貴殿が暴れると王城自体が壊れてしまうから引き上げてもらって大丈夫だ」


ハイランドベリーが青龍ダコスエイドに礼を言った。


「盟友なのだからいつでも助けてやるぞ」


青龍ダコスエイドは空高く羽ばたいていった。王国軍は完全に崩壊しエルン国王とケイン王子が孤軍奮闘していたが、やがてエルン国王が敵兵たちに惨殺されてしまった。

王城の自室から父と兄の奮闘を見守っていたエリーナ王女は立ち尽くした。


「お父様・・・・・・」


エリーナ王女を目指して階段に殺到する敵兵たちに対して傷だらけになりながらもケイン王子は一人奮闘していた。せめて妹のエリーナ王女が安全な場所に避難できる時間をかせがねばいけないという責任感だけがケイン王子を突き動かしていた。やがて周囲の敵兵をすべてなぎ倒したころにはケイン王子は瀕死の重傷を負っていた。


「フフフ。当代最強といわれるケイン王子でもこの様か」


「ハイランドベリー! 貴様」


今回のすべての元凶の宮廷魔導士ハイランドベリーが瀕死のケイン王子を見下ろしていた。


「心配するな。エリーナの命だけは助ける。エリーナには我が子を産むという使命があるからな。殺しはせんよ。殺されたほうがよかったと後悔はすると思うがね」


「なんてことを」


ケイン王子は必死に立とうとするが立ち上がれなかった。


「ケイン。冥途の土産に貴様にはとっておきの『呪い』をやろう」


ハイランドベリーの杖に不気味な光が灯り、ケイン王子の体を包んでいった。


「あ、あ・・・・・・」


ケイン王子は幼い少年の姿になっていた。


「これからの世界を見せるのは不憫だな」


ハイランドベリーの短剣がケイン王子の両眼を貫いた。


「あ、あ・・・・・・」


「痛みすら感じないとは」


ハイランドベリーはケイン王子を蹴り飛ばし、王城の中に入っていった。

その日ノーブラント王国は滅亡した。


ハイランドベリーに敗れてからどのくらいたったのだろうか。

ハイランドベリーに両目を切り裂かれて見えないはずのケイン王子の眼前が光り輝いていた。

誰かいる・・・・・・。


「ぼうや。その呪いはワシには解けん。フォッフォッ」


「あ、あ・・・・・・」


「その代わりにこの杖と『時の魔法』を授けよう。必ずやぼうやの未来を灯すだろう。

フォッフォッフォッ」


ケイン王子は杖を頼りに王都郊外に向け歩いて行った。


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