002:緊急依頼と凶化
「……あぁ……これくらいでいいかぁ?」
組合で依頼を受けて、早速、目的である場所へとやって来た。
何でも、この周辺で採れるキノコが欲しい奴がいるらしい。
見た目は異様にカサが平べったい紫色のキノコだ。
受付嬢の姉ちゃんから簡単に説明されたが、こんな見た目でも毒は無い。
時間を掛けて焼いたり煮たりするとすげぇ甘くなるようだった。
名前は“フルーツ・マッシュ”と呼ばれて、こういう影になった所に生えている。
森の中は危険だと言われたけど。
俺は気にせずに森へと来た。
王都から少し離れた場所にある森であり、大きな木々が天を隠すほどだった。
そんなに広くはないが、此処には多くの魔物が住み着いていて。
冒険者の中では、最低でもDランク程度が来る場所だったか。
近くには村があるが、あそこには若い警備兵もいる。
そして、白鷺の枝も定期的に交換されていた。
襲われたって話もあまり無いようであり、村の人間たちにも余裕があった。
「お、まだあるなぁ」
あまり人が寄り付かないからこそ、キノコは豊富に採れる。
おまけに、珍しい薬草なども生い茂っているし、俺にとっては天国だ。
組合には専門の鑑定士も駐在しているから、こういうものを持ちかえればすぐに鑑定してくれるだろう。
俺はキノコ用の袋とは別の袋に薬草を入れていった。
……いやぁ、それにしても村の魔法使いの爺さんが持っていた本を読んでいて正解だったな。
元々、前世では探検家をしていたから、知識を得る事に関しては抵抗は無かった。
だからこそ、村にいる変わり者の爺さんが魔法使いである事を知ってすぐに何か身になるものは置いていないかと聞いた。
爺さんは美味い飯を作ってくれるのなら、好きなだけ本を読ませてやると言ってくれた。
読み書きに関しては村長から教わっていたから、本を読む事も難しくは無かった。
俺はそうしてこの世界の薬草やモンスターに関する知識を得て、置いてあった魔導書から簡単な魔法も習得した。
前世では全くと言っていいほど覚えていなかった魔法の知識。
幸いにも、俺の今生の体には並みの冒険者よりも高い魔力があったらしい。
爺さんがこれだけあれば大したものだと褒めてくれて……まぁ流石に攻撃魔法とかの魔導書は無かったがな。
俺が出来る事はマッチくらいの火を起こしたりするくらいだ。
そもそも、前世でも俺は魔法を操って戦うような器用な奴じゃなかったしな。
早く剣を買っておきたいところではあるが……まぁ別にいいか。
薬草を詰めていきながら、俺は視線を木々の合間に向ける。
そこではがさがさと何かが動いていて、無数の視線を感じていた。
獣ではない。モンスターの気配であり、此方の様子を伺っていた。
殺気も僅かに感じるが、野生の勘とやらで力量の差が分かっているのか。
何にせよ、襲ってこないのであれば戦う必要もない。
俺は適当に薬草などを袋に詰めてから、立ち上がった。
「……さて、他に何かするか……あぁ? 向こうの方に気配がするな」
少し離れた場所から人の気配がする。
それも気配からして子供であり、俺はこんな森に子供がいるなんてのは危ないんじゃないかと考えた。
此処で無視して何かあっては寝覚めが悪い。
俺は悩む事もなく、気配のする方向へ駆け出した。
モンスターたちは散り散りになり。
俺はその間を駆けていく。
木々を避け、草を払いのけながら進み……何だ?
真っすぐに進んでいけば、確かにそこには人がいた。
しかし、人以外にもモンスターがいる。
それも大きな体をした熊のような見た目のモンスターで……あれは確か……。
黒い体毛に、鉄くらいの硬度を持つ爪と牙。
ギラギラとした赤い瞳に、特徴的な胸の十字の文様。
アレは“ブラッド・ベア”であり、そのランクは低級の中では上位だ。
血に飢えた獣と呼ばれるほどには好戦的な奴らで、人の味を覚えれば平気で人里にも来るらしいが……。
「熊吉! そんなにがっつくなよぉ。もっとよく噛んで食べろ」
「アグ!」
子供だ。それも十歳にもなっていないような小さな男の子だ。
そして、そんな子供はブラッド・ベアを熊吉と呼んでいた。
その前には大きな葉っぱに載せられた木の実などがある。
ブラッド・ベアはそれを食べていて、敵意や害意はまるで感じなかった。
俺はそんな光景を暫く見つめて――熊吉が俺を見る。
「ん……! お、お前!」
「あ、いや。悪い。気にしないでくれ。俺はもう帰るから。じゃ」
「ま、待てよ!」
俺は邪魔をしたことを詫びてそのまま帰ろうとした。
すると、小僧は俺の前に立ちふさがる。
そうして、此処で見た事は絶対に組合に言うなと言ってきた。
俺は首を傾げながら、何で言わないといけないんだと言ってやる。
「……え、でも……許可なくモンスターを飼育するのは違法で。組合に報告したら、功績に」
「あぁ? そうなのか? でも、お前は熊吉の友達なんだろ?」
「……うん。熊吉は森の中で迷った僕を助けてくれたんだ! だから、アイツは友達で! だから」
今にも泣きだしそうな小僧。
俺はそいつの頭を撫でながら、にしりと笑う。
「だったら、俺が報告する必要はねぇ。俺の勘もアイツは人を襲わねぇって言ってるしな」
「……いいの? 本当に?」
「くどいぜ! 俺は野暮な事はしねぇよ! そんな暇もねぇしな」
「――! ありがとう! 僕はダン! おじさんは?」
「俺か? 俺はジョン・ケイン。ただの飲んだくれだ」
俺は小僧から去っていく。
後ろ手に手を振りながら、小僧が手を振っているのを感じる。
依頼品を無事に採取し、モンスターと子供の友情も見れた。
後は酒をたらふく飲めればいう事は無い。
そう思いながら、俺は組合を目指して歩いていった。
§§§
「一回の依頼で一マルク銀貨一枚と十マルク銅貨一枚。で、薬草諸々の金額が十マルク銅貨一枚……はぁ世知辛いねぇ」
「……まぁFランクの依頼なら、それくらいだろう」
「そうかぁ? だけどよぉ。これじゃ、金がまるで足りねぇぜ。酒代にもならねぇよ」
「……みたいだな」
ジョッキに注がれたエールを呷る。
まだ十杯目であるが、これ以上は懐事情的にきつい。
俺は泣く泣く追加の注文を諦めた。
そんな俺の様子にイシダは苦笑していた。
時刻は既に夜の十時であり、俺が一人で飲もうとしていればイシダも合流した。
何でも、こいつが受けた依頼はモンスターの討伐依頼で。
討伐目標は“ポイズン・リザード”十体だったようだ。
ポイズン・リザードは体内で強力な毒を生成するモンスターで。
亜人種ではないが、それなりの知能がある上に武器も使う。
単体なら、その危険度は中級の下位程度だが。
もしも、群れであったのならその危険度は中級の上位に迫るほどらしい。
そんな敵を十体も倒してきたのだから、イシダの力量はかなりのものだろう。
依頼の達成報酬も、俺の何倍も上であり、俺は早くランクを上げないといけないと考えた。
「にしても、どうやったらランクは上がるんだ?」
「……まぁ地道に依頼を熟していくか。他の冒険者のサポートで功績を上げるか……後は緊急の依頼を達成するかだな」
「緊急? そんなのもあるのか」
「それは当然だろ? 緊急の依頼は人数もランクも関係ない。兎に角、急いで人手が欲しくて発注される依頼だ。これを達成できれば、ランクアップにも大きく前進する……ただ、緊急であるから碌な調査もされていない。だからこそ、敵が情報よりも強かったりする場合はざらだ。新人がこれを受けて命を落とす事はよくある話だな」
「へぇ、なるほどね……はぁ、緊急の依頼。でねぇかなぁ」
両腕を頭の後ろにやりながら天井を見つめる。
ガヤガヤと騒がしい組合所内には、山賊風の奴らもあの有名人の女もいた。
それぞれの世界で楽しくしているのを見ながら――扉が勢いよく開け放たれた。
「た、大変だッ!! モンスターが……“凶化”したモンスターが出たぞッ!」
「……凶化したモンスター……穏やかじぇねぇな」
知識では知っていた。
何でも、強い冒険者やモンスターを倒したらなる現象だったか。
肉体が変質化し、元の形状から大きく変わるのだったか。
そして、モンスターは理性が無くなったかのように暴れまわるだったか。
異名がつくほどの大物ともなれば、上級を超える奴だっているらしい。
まぁ今回はなり立てだろうから、上級以下だろうな。
男が言い放った言葉に全員がざわついている。
すると、受付嬢と話をしていたマスターが受付嬢に何かを話していた。
そうして、彼女は奥へと走っていく。
マスターは手を叩きながら皆の視線を集める。
「……皆、こんな夜更けではあるが。私の独断で緊急の依頼を発注させてもらう! 対象の脅威度は不明。ランクは原則不問とするが、私の個人的な目算で言えば最低でもDランク以上が望ましい! 我こそはというものは手を上げてくれ」
彼がそう言えば、組合所内はしんと静まり返る。
有名人の女は怖がるふりをしながらも、その目にはありありと金のそれが浮かんでいやがる。
山賊風の男たちは笑っているが冷汗を掻いていた……ありゃダメだな。
俺はにやりと笑う。
イシダを見れば、彼も俺の意図を理解して笑っていた。
二人で手を上げれば、視線が俺たちに集まる。
マスターは目を見開きながら「本気か?」と尋ねてくる。
「あぁ本気だぜ。とっとと行こうや」
「……この男はこんな言動ですが。実力は確かです。俺が保証します」
「……そうか。なら……他にはいないか?」
「お、俺も行くぜ!」
「わ、私もぉ。サポートくらいならぁ」
「な!? なら僕も!」
俺よりもランクが上そうな冒険者に。
あの有名人の女や取り巻きの男。
合計で……十人か。
ほとんどがあの女の取り巻きだが、別にいい。
俺がやる事はそのモンスターの討伐だ。
腕がなると思っていれば、駆けつけて来た男からマスターは話を聞いていた。
「分かった。休んでいてくれ……対象は此処より南西にある森に潜伏している! 人の味も覚えているようだから、あまり時間を掛けている暇はない! すぐに支度をして出発する!」
「――南西の森?」
俺は嫌な予感がした。
そこには俺が昼間の内に行っていたからだ。
すると、マスターは対象のモンスターの情報を話して――
「凶化したのは“ブラッド・ベア”一体と正体不明の魔物数体! 身体能力が向上し――」
「……勘が、当たっちまったのか……くそ」
「ケイン?」
あの森の中のブラッド・ベア。
違う個体の可能性だってまだある。
しかし、俺の勘はアイツだと告げていた。
否定したい。
何故ならば、アイツは人を襲うような目をしていなかったから。
何かがあったのか。それとも、あの友達だと言った小僧の身に何か……いや、ダメだな。
分からない事を考えたって意味はない。
今は一刻も早く現地に行って、あの熊吉かどうか確かめないといけない。
俺は立ち上がってから、組合の外へと向かう。
マスターやイシダが何処に行くのかと聞いて来る。
俺は先に行ってくる事を伝えて、組合所から飛び出していった。
……あぁ外れてくれよ。もしも、お前だって言うのなら……胸糞悪い事になっちまうからよ。
俺は必死にそう願いながら、駆けていく。
王都の人間は俺の速さに驚いていたが。
俺はそれを無視して風となり駆けていった。
全てを手に入れた男の二度目の人生 @udon_MEGA
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