001:豪華な食事に胸躍らせ

「はぐ、あぐ、あぐ、うぐ……ぷはぁ!!」

「……よく食うな」


 王都へと無事に到着し、組合への挨拶の為に移動しようとすればイシダの奴も同行すると言ってきた。

 俺と同じで挨拶をする為であり、別に拒む理由なんて無い。

 俺はイシダと共に賑やかな大通りを通って、そのまま目立つ場所に立っていた冒険者組合の中に入っていった。

 その中にはいかつい顔の男たちが多くいて、女もアマゾネスかと思うほどの凶悪面ばかりだった。

 ジロジロと視線を向けられながらも、俺たちは受付嬢の姉ちゃんに此処の組合のマスターに挨拶したい事を伝えた。

 が、どうやらマスターは緊急の用で出払っていたようで。

 俺たちは一先ず、昼時という事もあって飯を食う事にした。


 何故か、イシダは俺の飯代を出すと言い出して。

 理由を聞けば助けてもらった事と石板をくれた事への礼だと言う。

 俺はそういうのならばその礼を快く受け取る事にして、次々と給仕の姉ちゃんが運んでくる料理を平らげていく。

 脂ののった肉の丸焼きは大きな一口で噛みきり肉汁を迸らせて。

 大きな大皿に載せられたトマトベースのパスタは一口で吸い上げる。

 見た事も無い赤い魚はシンプルに塩で食べろと説明されて、豪快に塩をぶっかけて平らげる。

 そして、喉が渇けば木のジョッキに並々と注がれた冷えたエールを飲み干していった。


 うめぇ、うめぇ――うめぇぞ!!


 どれもこれも最高だ。

 ほどよい塩加減に素材本来の味も活かされている。

 食えば食うほどに腹が満たされて行き、幸せを感じられた。

 魚も肉も、野菜の盛り合わせでさえも新鮮で瑞々しい。

 旅の間に食べていた塩漬け肉と生ぬるいエールでは満たされなかった食欲。

 俺はそれを今此処で満たす為に、テーブルに並べられていく料理を全力で食べていった。


 皿を掴み、黄金のように輝くスープを飲んでいく。

 塩加減が絶妙であり、魚のアラで取っただろう旨味が豊富で――うんめぇぇぇ!


「ふはぁぁ……どうした? 食わねぇのか?」

「あ、いや……そうだな。食べよう」


 イシダは苦笑する。

 そうして、冷めないうちにと自分の分を食べていく。

 何故か、そのペースは遅くちらちらと金の入った袋を見ていた。

 俺は気分が悪いのかと心配しつつ、給仕の姉ちゃんに追加で注文をする。

 すると、イシダは喉に食事を詰まらせたのかせき込んでいた……大丈夫か?


 イシダにエールの入った瓶を向ける。

 彼はジョッキにそれを注いで一気に飲む。

 そうして、息を吐いてから「上には上がいるものだな」と呟く。


 給仕の姉ちゃんたちは空になった皿を下げていく。

 俺は次の飯が運ばれてくるのを待ちながら、周りに視線を向けて……お?


 誰かが歩いてい来る。

 視線を向ければ、大きな体をした山賊風の男たちで。

 明らかにガラの悪そうな奴だと思いながら見ていれば、俺の横に立ち机を思い切り叩く。


「兄ちゃんよ。随分と良い食いっぷりじゃねぇか。えぇ?」

「そうかぁ? 普通だぜ普通」

「普通ねぇ……なぁそんなに羽振りがいいのなら、俺たちにも少し分けてくれねぇか?」


 大柄の男はにやにやと笑いながら、イシダの金に手を伸ばそうとする。

 イシダは冷静に金の入った袋を掴んで隠す。

 奴は舌を鳴らしてイシダを睨み、俺はそんな奴に笑みを向けながら料理が残っていた皿を差し出す。


「いいぜ! 一緒に食おう! これ、すげぇ美味いぜ!」

「……あぁ?」


 奴はぎろりと俺を睨む。

 皿の上にはこんがりと焼かれた鳥の手羽先がある。

 甘辛いタレで煮込んだものであり、次の料理が来るまでの休憩で食おうと思っていたが。

 俺は腹を空かせてそうな大男に差し出す。

 すると、奴は皿を受け取って――べちゃりと顔に掛けられた。


 ぐりぐりと皿を動かして料理を塗りたくられる。

 そうして、ずぶりと皿が落ちていき音を立てて割れた。


「あぁすまんすまん。遂、手が滑っちまった」

「――貴様ッ!!」


 イシダが武器に手を掛ける。

 大男とその取り巻きも武器に手を掛けて――俺は笑った。


「勿体ねぇじゃねぇか! 気をつけろよぉ」


 俺はそう言いながら、床に転がった鳥肉を拾い上げる。

 そうして、それを口へと放り込み食べていった。


「ぷ、あはははは!! こいつマジか!! 落ちたもん食ってやがる!!」

「だせぇぇ!! ぎゃははははは!!」

「……っ! ケイン!」

「あぁ? 何だよ。別にいいじゃねぇか? そうカッカすんな。ほら、料理が来るぜ!」


 給仕の姉ちゃんたちが料理の載った皿を抱えている。

 ちらちらと俺と山賊風の男たちの顔を見ていて――山賊風の男たちは息を吐く。

 

「……はぁ、しらけちまった。行くぞ、こんな腰抜けどうでもいい……精々、俺たちの目の届かない所ではしゃいでろ。三下共が」

「おう! うるさくして悪かったな!」

「……チッ」


 奴らはそう吐き捨てて去っていく。

 給仕の姉ちゃんたちは怯えながらも料理を運んできてくれた。

 俺はそれを受け取り、再び美味い料理に頬を緩ませた。


「……何故、お前は何も言い返さない……侮辱されたんだぞ。悔しくないのか?」

「んあ? そうなのか? 俺は別に何とも思わねぇけどな。友達が傷つけられた訳でもねぇしよ」

「……お前は変わってるな」


 イシダはそう言って料理を食べる。

 互いに無言で料理を食べながら、俺はマスターは何時帰って来るのかを考える。

 緊急の用件で席を外しているらしいけど、一体何があったのか。


 俺がそんな事を考えていれば、バンと扉が開かれた。

 そこに視線を向ければ、野性味のある髭面のスキンヘッドの男が立っていた。

 その傍らには、俺よりも若そうな男が立っている。

 二人とも武装しており、鎧を着こんでいて腰にはロングソードを差していた。

 灰色のマントをはためかせるそのスキンヘッド男の腕には、組合のマスターである証の赤に金の刺繡の腕章がつけられている。


 マスターの帰還であり、受付嬢が歩み寄って話しかけている。

 彼女は俺たちを指さして、マスターとその付き人は此方に近寄って来た。

 イシダは立ち上がり礼をして、俺は片手を上げながら挨拶をした。


「はは、楽にしてくれていい。どうだ? うちの飯は美味いだろ」

「あぁ最高だよ! 特に、この肉の味付けがピカ一でな!」

「ははは! そうだろそうだろ! 何せ、此処の料理担当はあの有名な」

「――ごほ! マスター・アイン。仕事を忘れずに」

「おぉそうだったそうだった……おほん! あぁ、お前たちが王都へとやって来た新しい冒険者たちだな? 連絡は来ているが……約束では昨日ではなかったか?」

「すみません。馬車がモンスターの奇襲にあった事と想定よりも多くの人間を乗せた事で進みが遅くなったので、到着が遅れてしまいました」

「おぉ、そうだったのか……ま、仕方ねぇか! よし、そんじゃ今日からよろしくな。確か名前は」

「クロー・イシダです。こっちはジョン・ケインです」

「よろしくな! アインのおっさん!」

「――貴様、無礼だぞ」


 俺がおっさんに声を掛ければ、お付きの男が剣に手を掛ける。

 俺は思わず、悪かったと言ってしまう。

 すると、アインのおっさんは気にしていないと言って笑う。

 お付きの青年はため息を吐きながら、示しがつかないと言っている。

 おっさんは豪快に笑いながら、自室に帰ろうとして――振り返った。


「そういえば、お前たち……此処に来るまでにレッド・ワイバーンを見たか?」

「……? いえ、見ていません」

「……さぁ?」

「……そうか。ならいいか! それじゃ頑張れよぉ」


 おっさんは俺の顔を二秒ほど見つめる。

 そうして、にかっと笑って去っていく。


 ……何か知らんけど、思わずしらばっくれちまったな。


 恐らく、レッド・ワイバーンの事について聞いたのは十中八九がアレだろう。

 俺が馬車を襲おうとしたアレをぶっ殺したのが関係している筈だ。

 イシダは馬車を襲おうとした何かを俺が撃ち落としたのは理解しているようだが。

 何を殺したのかまでは見えなかったんだろう。

 それで良かったと思いつつ、緊急の用件もその事が関係しているんだろうなぁと当たりをつける。


 ……まずったかな。もしかして、誰かのペットだったとか?


 あまり、レッド・ワイバーンをペットにしている奴の話は聞かない。

 いや、辺境の村だったから碌に情報が来なかっただけかもしれない。

 もしかしたら、レッド・ワイバーンはペットに出来たり、家畜にもなっていたのだろうか。

 それが逃げ出して、偶然目に入った俺たちの馬車へと近づこうと……うし、忘れた!


 やっちまったことは仕方ない。

 もしも、本当に誰かのペットだったのなら謝ろう。

 それ以外であるのなら、名乗り出る必要はない。

 俺はそう判断し、レッドワイバーンの件は頭から消した。


 ――それにしても、うめぇ!!


 がつがつと美味い飯を食いながら、俺はイシダに感謝する。

 まさか、こんなご馳走を奢ってくれるなんてな。

 新しい場所で出会った新しい友達だ。

 俺はイシダの事を大切にしようと誓いつつ、アイツの顔色がどんどん悪くなっていくのに首を傾げた。

 アイツは震える手で袋の中身を確認する。

 そうして、ギギギと音が鳴りそうな動きで俺を見つめてきて小さな声で質問してきた。


「…………もしかして…………まだ、食えるか?」

「あぁ!! もうちょっと食いてぇな!!」

「そ、そうか……くっ、今日から依頼を受けるか」

「お? 早速か! だったら、俺も」

「――いや、俺一人で行く! 絶対にだ!」

「お、おう。そっか……?」


 イシダはハッキリとそう言った。

 ぶつぶつと「二人で折半は」とか「高ランクの依頼だから」と呟いていて……そういえば……。


 俺は料理を飲み込む。

 そうして、イシダに質問をした。


「そういえば、イシダのランクはどれくらいなんだ?」

「……あぁ、今はCランクだ」

「おぉ! Cか! そいつはすげぇな」

「……お前はFで、いいのか?」

「おう! 何もしてなかったからな。新人も新人だ」

「……随分と力のある新人だな。ふふ」



 イシダは笑う。

 俺はすぐに追いついてやると言って笑った。

 イシダは良い奴であり「お前ならすぐだ」と言ってくれた。

 俺は奴のその言葉に照れながら、エールが注がれたジョッキを手に取る。

 イシダも察してくれてジョッキを手に取った。


 

「ま、何はともあれだ。この良き出会いに――乾杯!」

「乾杯!」


 

 かちゃりと音を立ててジョッキをぶつけ合う。

 そうして、互いに笑いながら酒を飲んでいった。

 ほどよい熱に高揚感。

 本当であればこんな状態で依頼を受けるのは良くないが。

 俺が受けられるのは最低ランクであり、恐らくは採取とかだろう。

 だからまぁ問題ないと思いつつ、俺たちは……何だ?


 ガヤガヤと何やら騒がしい。

 視線を向ければ、向こうの席の方で人だかりが出来ていた。

 そのほとんどが男ばかりであり、何やら鼻の下を伸ばしていた。


「有名人でも来てんのか?」

「……さぁ?」


 骨付き肉を食いながら、その人だかりを見つめる。

 すると、急に道が開いてその有名人が出てくる……誰だ?


「ありがとぉ! めっちゃ助かるぅ! 今度もよろしくね!」

「う、うん! ま、また採って来るよ! だ、だから」

「あ、ごめん! 予定があるから私は行くね!」

「あ、あぁ」


 出てきたのは女だった。

 それも十代後半くらいの若さの女で。

 見た目からして弓兵だろうと分かる。

 軽装であり、目立つ赤を基調とした服装をしていた。

 手入れの行き届いた金髪は片側で結んでいて、大きく丸い青い瞳はきらきらとしていた。

 綺麗というよりは可愛いと思う類なのか。

 体は控えめであるが、仕草からして男がほいほいとついていきそうだ。

 女は男から貴重そうな鉱石を受け取り、それを肩掛けのカバンに詰めていた。

 そうして、両手を合わせて謝りながら去ろうとする。

 男は残念そうにしていて……んあ?


「……ふふ」

「……あ?」


 女は俺たちに気づいた。

 そうして、ウィンクをして手を振って来た。

 俺はぼけっとした顔でそれを見て、イシダにさっきの合図はどういう意味だったのかと聞こうとした。

 しかし、イシダを見れば視線を逸らして頬を赤らめている。

 恥ずかしそうな表情をしていて、俺は首を傾げながら何なんだと思っていた。


 ……村の近くの組合所はこうも盛り上がってはいなかったよなぁ。


 いるのはほとんどがベテランの老兵ばかりで。

 若い連中は王都などにある大きな組合に流れちまう。

 俺自身もその口であり、まぁ仕方ないとは思うが。

 此処には本当に面白い奴らが多いと思いつつ、俺はこれなら退屈しないと喜んだ。


「……取り敢えず。俺も飯食ったら、宿屋を探す前に受けてみっか!」

「……あまり無茶は……いや、いらぬお節介だな」


 イシダは謝る。

 俺は笑いながら、お互いに頑張ろうと伝えた。

 達成報酬も大事だが、何よりも面白さが大事だ。

 俺は胸躍る依頼がある事を願いながら、イシダとの時間を堪能した。

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