全てを手に入れた男の二度目の人生

@udon_MEGA

000:最低ランクの元最強

 体がゆらゆらと揺れている。

 まるで、揺りかごのようであり心地いい。


 雲の上で俺は樽に入った酒を飲む。

 周りには天女と思えるような美貌の美女がいて。

 俺に見た事も無いような食事を勧めてくる。

 そして、目の前では裸になった羽の生えたおっさんたちがダンスを踊ってくれていて――体が大きく跳ねた。

 

「くぁ! んあぁぁ、ぐがぁぁ……ふが? あぁぁ?」


 意識が覚醒する。

 目を開ければ馬車のシミで汚れた幌が見えていた。

 御者はチラリと俺を見てからすぐに視線を逸らす。

 よだれを拭いながら、俺はむくりと起き上がった。

 

 ……やべ、寝てたな。


 長い長い旅だから、疲れが溜まっていたんだろう。

 大陸の東の果てから、はるばる西大陸の中央にある王都へと向かっているんだ。

 うちの村は田舎だから、馬車だって碌に来ないからな。

 途中までは徒歩で行って、馬車に乗れたはいいがギュウギュウ詰めであり。

 牛車かと錯覚するほどにのろのろと動くもんだから夜に最寄りの街に着く前に暗くなっちまったもんだから、モンスターも出てくるし。

 おまけに雇っている護衛の冒険者たちは新人臭い最低ランクのFばかりでまるで役に立たなかった。


 結局、運よく乗り合わせていた俺が片付けたからいいものの……最悪だったぜ。


 そこからどんどん人が降りていき。

 間もなく着くであろう終点である王都に向かう人間は……五人か。


 思ったより少ないと思いつつ、俺は椅子に座りなおす。

 すると、同じ冒険者の男は俺の方をチラリと見る。

 そうして、大きくため息を吐いてから首を振りやがった……何だぁ?


「おい、てめぇ。何だぁその目はぁ? やる気かぁ?」

「……その態度は改めろ。皆、お前のいびきで迷惑していたんだ。謝罪の一つくらい言うのが礼儀ではないのか」


 武人気質の異国の服を身に纏う男。

 黒髪は短く切りそろえられて、一枚布のような衣服は帯のようなもので留められていた。

 見た事も無いような藁で出来た履物を吐いていて、その近くには細長い武器が置かれている。

 奴は鋭い黒い瞳を俺に向けて、ハッキリとした物言いをしてきた。

 

 完全なる正論を吐かれて、俺は何も言い返す事が出来なかった。

 だからこそ、素直に乗り合わせていた人たちに頭を下げる。

 彼らは笑みを引きつらせながらも俺の謝罪を受け入れてくれた。

 優しい奴らで良かったと思いつつ、俺は馬車の外を見つめた。


 王都まで続く長い道は、綺麗に舗装されている。

 モンスター避けの“白鷺の枝しらさぎのえだ”が等間隔に植えられた木に括り付けられていた。

 これなら、低級のモンスターは先ず襲い掛かってこないだろう。

 上級ランクにはあまり効果は無いが、王都の周辺に上級のモンスターが出たという情報は聞いていない。


 俺はローブの中から四角い板状の小さな石板を出す。

 そうして、指を添えてから小さく呪文を詠唱した。

 すると、石板には文字が浮かび上がって来る……やっぱりだな。


 上級モンスターの出現情報は出ていない。

 組合の調査員が調べた情報だから信用は出来る。

 俺は良かったと思いつつ、石板を戻そうと……何だよ。


 前に座る武人風の男が俺の石板をジッと見ていた。

 まるで、見た事が無いと言わんばかりで。

 俺はそんなにこれが気になるのかと思わず聞いてしまう。

 すると、奴は少し恥ずかしそうにしながら答えた。


「……俺の国ではあまり魔法が発達していなかった……それは何の魔法だ?」

「別に魔法ってほどのものでもねぇよ。こいつは記録版だ。簡単な術式が埋め込まれていて、その土地のモンスターの出現情報が見れるようになっているんだ……と言っても、調査していなかったり。その土地の組合の支部が魔力波を送る魔道具を持っていなかったら見れねぇけどな」

「……便利なものだな……それは俺でも使えるのか?」

「んあ? あぁ……魔力が少しでもあるのなら、呪文さえ詠唱すれば赤子でも使えるぜ。やってみろよ」


 俺は石板の文字を消す。

 そうして、奴にこれを渡しながら呪文を教えてやった。

 奴はゆっくりと石板に指をつけてから呪文を詠唱した。

 すると、石板にはちゃんと文字が浮かび上がっていた。


「ほらな、使えるだろ?」

「……上級はいない、か……これは是非、欲しいな」

「……欲しいのならやろうか、それ」

「――! いいのか? 高価なものではないのか?」


 奴は不安そうな目を俺に向けてくる。

 まぁ組合に行けば誰だって一マルク銅貨3枚で譲ってくれるしな。

 俺は気にするなと言って、奴にただでそれをプレゼントしてやった。

 すると、奴は一礼してから「ありがとう」と言ってくる……礼儀正しい野郎だ。


「……そういえば、名を伝えていなかったな……俺はクロー・イシダという。失礼だが、貴殿の名は?」

「あぁ? 俺はジョン。ジョン・ケインだ」

「そうか。ジョン・ケイン……うむ、覚えた……それで、ケイン殿は何をしに王都へ?」

「別に? 十代の頃に、冒険者の登録をしていた事を思い出してな。どうせなら、王都で仕事でもしようと思ってよ。いい加減、村の警備ってのにも飽きていたところだしな」


 村での俺の仕事は警備だった。

 村長直々にお願いをされて村の警備を務めていたが。

 遂この間、村を襲ってきた山賊共が新しく村の警備をしてくれる事になった。

 だからこそ、俺は警備の仕事を引退し、前々から考えていた王都での冒険者ライフというものを楽しむ為に来た。


 俺がそんな事を言えば、イシダは目を細めながら俺を見つめる。

 その目は、“一度目”で散々見て来た目であった。

 久々に感じる強者からの品定めする目にむず痒さを感じながら、俺は気づいていないふりをする。


「……だが、不思議だな」

「何がだ?」

「いや、貴殿は武器を持っていないんじゃないのか? もしかして、魔法職や聖職者……ではないか」

「ははは! 俺は坊さんじゃねぇよ……まぁ剣士みたいなもんだったが。生憎と金が無くてな。今は拳だ」

「……それは何というか……剣士が剣を持てないのは、些か……うーん」

「いやいや、お前が悩む必要ねぇだろ。別に、これから冒険者になって稼ぐんだから。金はすぐに出来る。そしたら、適当に見繕うさ」


 俺はそう言いながら、気にするなと伝える。

 すると、クローはそういうものかと渋々納得して……あぁ、“来るな”。


「なぁ、誰か石ころとか。捨ててもいいもん持ってねぇか?」

「……えっと、これでもいいですか?」

「お、ありがとよぉ……よっと」

「……! ケイン殿、何処に行く?」


 俺は商人風の男から、壊れてしまっているだろう木彫りの何かを受け取る。

 そうして、馬車から降りてから空を見上げた。

 イシダが乗れと言うが無視して――俺は大きく振りかぶる。


 視線の先には米粒ほどの影が見えていた。

 俺の目にはそれが何かハッキリと映っている。

 ここら辺ではまず見かけないだろうレッド・ワインバーンであり。

 その等級は中級の中でも比較的、危険なモンスターであると記憶していた。

 俺はそいつへと狙いを定めて――投げた。


 凄まじい速度で突き進む破損した木彫り。

 風を切り裂き飛翔するそれは魔力を纏っていた。

 青白い光を放つそれが一条の光となり翔ける。

 それが一瞬にしてワイバーンの頭に触れて――爆ぜた。


「……よし」


 俺は肩を鳴らす。

 そうして、ゆっくりと進んでいく馬車へと走る。

 慣れた手つきで乗り込んでから、俺は商人に礼を言う。

 彼は何が起きたのか分かっていないようで。

 唯一、イシダだけは目を大きく見開いて俺を見ていた。


 俺は欠伸をしながら、もうひと眠りするかと考える。

 すると、イシダがハッとした様子で慌てて尋ねてきた。


「け、ケイン殿! 今のは……いや、貴殿は一体何者なんだ」

「あぁ? 俺? 俺は……人生“二回目”のただの酒飲みだよ。ふあぁ」

「に、二回目……どういう意味なんだ……」


 俺の言葉が理解できていないイシダ。

 まぁ無理も無いが、転生なんて言葉は誰も理解できないだろう。

 俺は別の体、別の世界で生きていた。

 その世界で俺は様々な冒険を繰り広げて、数多くの化け物を倒してきた。

 金銀財宝を手に入れて、世界の全てを手に入れた男なんて呼ばれていたが。

 俺の最期は呆気ないものであり、国際連盟によってSSS級の大罪人の烙印を押されて。

 そのまま俺は自首して観衆の前で見せしめのように処刑された。


 別に連盟が怖くなった訳でも、病に伏せていた訳でもない。

 単純に世界の全てを知って、ワクワクする事がなくなっちまっただけだ。

 退屈で退屈で堪らなくなって、俺は人生に見切りをつけただけだ。

 まぁ俺が逃げれば、故郷とか仲間たちが面倒な事になるってのも聞かされていたからな。


 ……ま、俺は死んだ。そして、気が付いたらこの世界で産声を上げていた。


 父親も母親もいない。

 森の中で目が覚めて、自力で立ち上がり自力で生き延びて。

 偶々、通りかかった故郷の村の人間に拾われて。

 そのまま村長の家に厄介になり、今まで生きて来た。


 受けた恩は返せたと思う。

 でも、あそこは俺にとっての帰る場所だ。

 大金を稼いだら、ふらりと帰るのもいいだろう。

 そんな事を思いながら、俺は再びごろりと横になって瞼を閉じる。


 さぁ、二度目の人生……これから始まる冒険は、俺をワクワクさせてくれるのか。


 不安も恐怖も無い。

 胸は期待で一杯であり、まだ見た事も無いモンスターに美味い食事に。

 そして、お宝が眠るダンジョンに加えて、想像を超えるような強敵もいるだろう。


 今の俺の年齢は二十四であり、前世に比べれば若すぎるくらいだ。

 無茶をしても応えてくれるくらいには良い体であり。

 少々、目つきが悪い事と年齢よりも歳が上に見られる人相はまずいが。

 まぁ今のところは気に入っている。


「……ふ」


 最低ランクのFからのスタート。

 碌な依頼も受けられないだろうが、別に構いやしない。

 誰だって最初は新米であり、誰も期待なんてしてくれねぇさ。

 俺だって弱かった頃は獣との戦いでも勝てずに傷だらけであった。

 前世の苦い思い出だが、最早、そんな体験をする事は二度と無いだろう。

 俺はFランクではあるが、経験でいえばそれなりにある。

 だからこそ、同じFランクの援護くらいなら出来るかもしれない……ま、面倒くせぇからしねぇけどな。


 酒でも奢ってくれるのならするが。

 そんな事をしてくれる奴はいないだろう。

 前世でも、酒を奢るなんていう奴は大抵、俺を殺しに来た殺し屋くらいだったしな。

 そんな事を思い出しながら、俺はゆっくりと意識を沈めていく。


 まぁなるようになるだろう……叶う事なら、仲間でも作ってまた、大冒険の旅に…………。

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