ひとりぼっちの神様

 どこかの次元の辺境。ここに、退屈を極めた神が一柱、ブラックホールをこねくり回していた。

「はぁ」

 ぐったり横たわりながらため息を吐いたその神は、生まれた時からずっと友達も恋人もいない。加えて家族もわからない。唯一の趣味といえば、やはりブラックホールをこねくり回すことだった。

 ある時、とうとう暇に耐えかねた神は、ブラックホールを極限まで圧縮してみることにした。それは、愛してやまない遊び道具であるそれを、自らなくしてしまうことを意味する。しかし神は、それでも構わなかった。

 思い切り力を込めて、神はブラックホールを一点に集める。柔らかい質感で跳ねるように反発するので、いくら神とはいえ、圧縮には苦戦した。

 神は生まれて間もなかったので、知識がない。故に、「ブラックホールを一点に集めると消滅する」ことも、神の憶測に過ぎないし、「消滅した後どうなるのか」というようなことも、当然知らなかった。

「ふんっ!」

 神の掛け声が小さく空虚なこの次元に響く時、大きな爆発音と、この次元で初めての光が、眩いた。

「なんだ、これは?」

 光は瞬く間に膨張していき、やがて新たな宇宙となった。神の最後の一押しが、ブラックホールを特異点へと変えたのだ。

「す、すごい。おもちゃが増えたぞ」

 と、喜んだのも束の間。神は新しくできた宇宙に散らばる星々をしばらく弾いたりかき混ぜたり眺めたりして遊んでいると、ある星に降り注ぐダイヤモンドのが、神の姿を映し出した。神はその時、自らの姿を初めて視認し、神は残酷な事実を直視した。「私は孤独である」と。

 神は自分自身の他に、動いたり喋ったりする何かを創ることは可能でも、方法が分からなかった。自ら創り出したもので自らの孤独を知ることになるとは、皮肉なものである。

「う、う」

 とうとう神は、泣き出してしまった。驚くべきことに、その嗚咽は幾億年にも及び、塩分を含んだ水は無重力の宇宙にばら撒かれ、これまた幾億年、宇宙を漂った。

 一粒の悲しみはやがて、ある星に届いた。単なる引力か、運命か。惹き寄せられた星と涙は、一つになった。

 涙は液体のまま星の表面に付着し、広がっていった。恒星の光が絶えず降るこの星には、やがて小さな生命が生まれ、複雑化し、巨大化し、多様化し、陸を緑で覆い尽くしたり、歩いたりした。更に、最近になって、とても賢い生命が生まれた。彼らは言語を扱い、火を扱い、道具を扱い、自らを「人」と名乗り、この星を「地球」と名付け、神の涙で覆われた土地を「海」と呼んだ。

 人は生命を紡ぎながら、他者を抱きしめる愛の喜びを知り、争いで他者を傷つけあう哀しみを知った。人にとっての生きる道標は、他者の存在そのものであることを知った。

 一方、どこぞの暇な神は、泣き疲れた後いびきをかいて寝た。せっかく生まれた人の存在に気づくこともなく……

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