混迷、そして黎明(前編)
高原の支配者、名馬の産地として名高いチェステ王国は、その歴史に幕を下ろそうとしていた。
シエト帝国の飛空艇から放たれた雷弾が、王都を囲む市壁に大穴を
王国側の頼みの綱は、雷弾は連射出来ないという点だが──無論、それは帝国軍も折り込み済みだった。
「結界部隊、損傷
門番長の悲鳴は、市壁の穴から
オーク、ゴブリン、オーガー、トロールにライカンスロープ──敵のほとんどは、闇の神メーヴェルドの下僕たる闇の種族だった。人間たち光の種族など、食料としか思っていない連中だ。兵士たちの抵抗に
活きのいい獲物だ、さぞ
城門前広場はたちまち
「皆の者、誇りを持て!」
もっとも、本物のクモザルは体長3メトもないし、毒の息を吐いたりしないし、何より皮膜の羽など生えていないが。おそらくは悪魔──闇の種族の頂点に立つ者たちだ。
(こんな連中を従えているとは──やはり、あの噂は本当なのか)
闇の種族の包囲が
最早、王都の
愛する妻子に別れを告げ、リムロットが部下たちと共に突撃しようとした、その時。
「他愛ない──これでは腕試しにもならんな」
不吉な声が響いた、戦の
闇の種族の群れが、ぴたりと動きを止める。のみならず、さっと左右に割れる。気の
闇の種族の群れの只中を、漆黒の板札鎧と紫の
それは
「
全帝国軍の指揮官、天上帝都シエトゥリアの支配者、そして今やセリヴェルド全土に覇を唱えし者、ケイゼリオス40世は不満げに言った。
「それは古い称号だ。帝国民からはこう呼ばれておる──神皇帝ケイゼリオス、と」
「何が神だ、こんな連中と手を組んでおきながら!」
シエト帝国の皇族は、光の女神セリアーザの
「本当だったのだな──皇帝が魔王と化したという噂は!」
魔王、それは闇の神メーヴェルドの代理人であり、その力の一部と闇の種族の指揮権を与えられている──
だが、過去の事例と比べても、今回の魔王は
「我が威光の前では、闇の種族すら平伏すのだ──で、帝国民は納得したぞ?」
「信じられるか!」
そう、リムロットは二重の意味で信じられなかった。帝国民とて人間のはず、このような雑な口車に乗せられるものか、と。
答えは間もなく明らかになるが。
「では、
ケイゼリオスが外套を広げると、その手に握る黒い杖が
「皆の者、絶好の好気だぞ! 皇帝さえ倒せば──」
「おいおい、矛盾しておるぞ」
リムロットの
「余を魔王と認めたのであろう──人の手で倒せるとでも?」
死の杖の先端から、視界を
ケイゼリオスが神皇帝と呼ばれる理由を、今こそリムロットは悟った。帝国民は
火焔の蛇を呆然と見上げる騎士たちとは対照的に、ケイゼリオスはますます満足気だ。そう、彼の大望の準備段階は、セリヴェルドの生けとし生ける者全てが、自分に逆らいたいとすら思えなくなること──とりあえず、その
力を見せ付けることは、他国民にも十分に有効だ、と。
「我が名はケイゼリオス! 神皇帝であり、魔皇帝である! 従う者には
火焔の蛇の
「世界の作家気取りの神々を、その座から引きずり堕ろしてくれようぞ」
*
教王領、聖都ヴァルド。
大神殿前の広場に詰めかけた群衆の顔には、不安と期待がせめぎ合っていた。
セリアーザ教団の総本山──聖都派にとっては──であるこの都市にも、シエト帝国の動向は伝わっていた。飛空艇団が可能にしたその侵攻速度は電撃的で、砂漠の王国スィーナーンを皮切りに、隣国チェステもあっさり征服。程なく教王領も戦火に巻き込まれるのは、火を見るより明らかだった。
人々は口々に
『──皇帝が魔王になったらしい』
『──息子のレムディアス皇子も、各地で殺戮を繰り広げているらしい』
『──征服された国の民は、全て闇の種族に喰われたらしい』
そして、自ら増幅させた恐怖に震え、光の星セラエノに向かって祈るのだった。
『ああ、セリアーザ様、一刻も早く勇者をお選び下さい!』
勇者──セリアーザより魔王討伐を命じられた者。女神の力を宿す聖剣セリアーダムを手に、歴代の魔王たちを
だと言うのに、
そんな時だった、教王マルギオン13世からの重大な告知が下されると、聖都中に知らせがあったのは。
神殿騎士が神殿前広場に
「
教王が
(そんな目で私を見るな)
教王は大神殿に逃げ戻りたい衝動を
「信徒たちよ、シエト帝国と魔皇帝の噂は聞き及んでいよう。だが、案ずるなかれ。昨晩、我はセリアーザより
ここで群衆がどよめくのは予想通り、枢機卿たちがぎょっとしているのも──無理もない、予定では「セリアーザを信じて勇者の出現を待て」と
「我こそは勇者たらんとする者よ、座して託宣を待つなかれ! 自ら帝国に挑み、その
群衆は水を打ったように静まり返っている。教王は苛立ちを抑える。ええい、駄犬どもめ。そんなに導いて欲しいなら、飼い主の命令ぐらい理解しろ。要するに──。
「要するに、誰でも勇者になれるってことか、頑張れば?」
「で、でも、そんな人いるかしら? だって、魔皇帝と戦うんでしょう?」
「魔皇帝だけじゃねえぞ、闇の種族や帝国軍とだって──」
こっそり
──初めて聞かされた時は、自分も困惑した。
「セリアーザは信じておられる。人々を救う為には、命さえ惜しまぬ。そんな勇者候補たちが、セリヴェルドには
後世の記録では、ここで群衆がセリアーザの御名を大歓呼し、早くも
*
「猊下、これはどうしたことですか!?」
枢機卿たちを振り切り、教王は私室に引きこもる。
そこでようやく、全身の緊張を解いた。よろよろと
(本当にこれで良かったのか)
シエト帝国と魔皇帝の脅威は、教王とて重々承知している。初代教王マルギオン1世は、元は帝国の宮廷司祭だった。彼が皇帝崇拝に反抗してこの地に移り住んだことが、教王領の始まりなのだ。奴らにとっては、まさに目の上のたんこぶであろう。侵攻して来ないはずがない。
〈
「何を怯えておる」
「ひっ」
教王は腰掛けたまま飛び上がる。見られているとは、薄々解っていたにも関わらず。
いつの間にか、部屋に光り輝く人影が立っていた。その頭上には
白金に
教王を見据える灰色の
「命じた通りに
「お、
教王は今にも床に
名も無き下級天使ならともかく、パランゼムの名は聖典にも記されている──天使たちの長、権威と秩序の守護天使、セリアーザの次に
次の更新予定
2025年12月12日 20:00 毎週 金曜日 20:00
語られのセリヴェルド 紙倉ゆうた @ykamikura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。語られのセリヴェルドの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます