続・創世記
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名も無き星々、ただ
そこに命なく、
悠久の時巡り、移ろいの時来り。
光の星セラエノに
闇の星ヒヤデスに坐し、闇の神メーヴェルド。
不老にして不滅なる神々、無限の
「我ら、ここに新しき星を創造す。星の表面を海に覆ひ、豊かなる大地を
セリアーザ、光の書を
メーヴェルド、闇の書を紐解き、無尽の言霊を解き放てり。
解き放たれし言霊、混ざり合い、
神々、この星に
──地の星セリヴェルドと名付けき。
~聖典 第1章 創世記より~
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「ふわあああ」
光の星セラエノの〈輝ける神殿〉で一人、光の女神セリアーザ様は大きなあくびをなさいました。
『まあ、はしたない』等と
セリアーザ様は城壁のような大書棚から本を取り出し、つまらなそうなお顔でパラパラと眺めます。ここに収められている膨大な量の物語は、天使たちから
壮大な歴史物語を描く
身分違いの悲恋を描く為に、王女とその護衛の騎士に恋心を植え付け──。
感動の親子再会を描く為に、同じ日に生まれた赤子を親に取り違えさせ──。
天使たちはあの手この手で物語を生み出し、セリアーザ様に楽しんで頂こうと奮闘しているのです。時にはセリアーザ様自らも、
メーヴェルド側の事情はセリアーザ様も詳しくは知りませんが、おそらくは配下の悪魔たちに似たようなことをさせているのでしょう。根暗な彼のことですから、復讐だの裏切りだの救われない結末だの、悪趣味な物語ばかり作らせているに違いありませんが。
セリヴェルドを舞台にした物語たちの中でも、
メーヴェルドは定期的に、人間たちの中から魔王を選びます。選ばれる条件には、不幸な境遇──複雑な家庭環境だとか、被差別階級の出身だとか──や、いじけた精神の持ち主といったものがあるようです。で、メーヴェルドは魔王に「世界を変革するのだ」
絶大な力を得た魔王は、今までの
そう、魔王の出現に前後して、セリアーザ様も勇者を選ぶのです。こちらの条件は、勇敢で聡明で誠実で、ついでにセリアーザ様好みの
〈海の勇者〉テムロンと〈
〈森の勇者〉エルサナスと〈
〈湖の勇者〉ダムレイクと〈業火の魔王〉ブレンジャルト。
まあ、聖剣を手にする代償に『自らの命、もしくはそれにも等しいもの』を設定した
ですが、それも最近は──。
「飽~き~た~」
セリアーザ様は『湖の勇者と業火の魔王・中巻』を投げ出し、ゴロンと(まあ、はしたない)神殿の床に寝転びました。
飽きっぽい? いえいえ、物語の収集を初めて数千年、セリヴェルドそのものの創造に費やした期間も入れれば、数万年が経過しているのです。むしろ、今までよく飽きませんでしたね暇人かと申し上げるべきでしょう。
(セリヴェルドはそろそろ
セリアーザ様はメーヴェルドと相談しようと、闇の星ヒヤデスに
最近は本を読んでばかりだったな──セリアーザ様は退屈凌ぎに、久しぶりにセリヴェルドを観察してみることにしました。本を通してではなく、直接その目で。
そう言えば、天使たちから報告がありました。最近、イルドーラ大陸にシエト帝国とかいう国が建国された、次の物語の舞台にどうかと。どうせ数百年かそこらで滅亡してしまうのだろうし、せっかくだから見ておこうか──程度のつもりで、セリアーザ様は遠見鏡の座標を、帝国の首都に合わせました。
(ええと、緯度が三十五度で、経度が八十七度だったかな?)
数値だけは合っていましたが、肝心の緯度と経度が逆でした。結果、遠見鏡は帝都シエトゥリアから遠く離れた、辺境の村の様子を映してしまいました。
まさか、セリアーザ様のこの勘違いが、セリヴェルドの運命を一変させることになろうとは。
その名も無き村は、神々が好む物語では、まず舞台にならない場所でした。なったとしても、勇者の旅の通過点か、序章で魔王に滅ぼされる程度でしょう。物語の登場人間への食料供給、その為だけに存在しているような村です。少なくとも、神々とその下僕たちにとっては。
無論、村である以上、住人はいます。しかし、彼らは天使や悪魔の誘導を受けていない為、日々同じ暮らしを繰り返すのみです。話しかけたとしても「こんにちは、ここは○○村だよ」等と
そのはずでした。
(これは──!)
村を見るなり、セリアーザ様は驚きに目を見開きました。神の目は
村に物語が満ちていることに。
村長の娘と恋に落ちた青年は、村長に結婚を認めてもらおうと四苦八苦し──。
羊飼いの少年は騎士を夢見て、元傭兵の老人に密かに特訓を付けてもらい──。
インチキ商品を売る悪徳商人と、疑う奥様が絶妙な駆け引きを繰り広げ──。
神殿前の広場では、村人たちが数日後に迫った銀月祭の準備に追われ──。
暖炉の前に座る老婆は、幼い日々の思い出を孫たちに語っています。
普通の村人たちが、自ら物語を
人が時に、温室で咲き誇る大輪のアカガネバラより、荒野で見かけたちっぽけなベルスミレに感動するのと、似たような感覚でしょうか。花そのものと言うより、その背後で働く大いなる自然に対して。
(気付かなかった、いつの間に──)
何が人間たちを変えたのでしょう。ひょっとしたら、神々が生み出した物語を聞き、感動し、そして真似をする内に、進化が
(もっと見たい、人間たちが自ら紡ぐ物語を)
人間たちの進化がここで止まるとは思えません。そして、彼らが紡ぐ物語の進化も。その中からはいずれ、勇者と魔王の戦いすら越える物語も生まれるかもしれない。その結末は最早、神々にも予想出来ないでしょう。
セリアーザ様は決意を固めました。以降はセリヴェルドへの
問題はメーヴェルドです。果たして同意してくれるでしょうか? メーヴェルドがあくまで、人間もセリヴェルドも自分の
[以下、破損により判読不能]
*
教王領、聖都ヴァルドの大神殿にて。
「な、な、な──」
その古文書を読んだ教王マルギオン二世は、ワナワナと肩を震わせている。
彼は師である初代教王マルギオン一世の遺志を継ぎ、聖典の
マルギオン二世は聖典に
その中に一冊だけ、異質な物語が
「何だ、この本は!?」
マルギオン二世は古文書の発見者を怒鳴り付けた。彼にとっては弟弟子に当たる人物でもある。
「はぁはぁ、女神たん
しかし、当の本人は怒声などどこ吹く風で、執務室に置かれた女神像に見
「聞いているのか、カニングス!?」
「はあ、大きな声で何ですか? 祈りの邪魔ですよ」
およそ聖職者らしくない貧相な小男が、
「これは何だと聞いておる!」
「何だと言われましても、帝国語で書いてあるんだから読めるでしょ」
カニングスは出来の悪い生徒に教えるような態度だ。マルギオン二世は全てを諦め、結論だけ宣告することにした。
「こんなふざけた
「そんなこと、あんたに決定権はないでしょ。師のお言葉を忘れましたか? 聖典にはセリアーザ信仰に関わる、あらゆる
そう、カニングスが唯一敬服した人間、
その師から、教王の座を継いだはずのマルギオン二世は、暗い
「その書物の何が気に入らないんです? セリアーザ様があくびをなさっていることですか? それとも、メーヴェルドと
「それもある! だが、何より聞き捨てならんのは──」
マルギオン二世はだん、と執務机に拳を叩き付けた。
「我々に世界の行く末を任せるだと? セリアーザ様が──いや、メーヴェルドまでもが?」
「え、いや、そこですか? セリアーザ様は自由にして良い、と我々に
「問題しかないわ! こんなことを、民衆が信じてしまったら──」
マルギオン二世の肩は、再び震え始めている。憤怒で? 否、こんな蒼白の顔で怒れるものか。彼は恐怖で震えている。
「世界は
つい先月も、エベール川の堤防が崩れ、流域の村が
『セリアーザ様は希望に満ちた物語をお望みだ。そなたらの不屈の努力が村を復興する、そんな物語をな』
それで村人たちの半分は納得して、復興の作業に取り掛かった。まだ立ち上がろうとしない村人たちに、マルギオン二世はこう続けた。
『メーヴェルドは絶望に満ちた物語を欲しておる。そなたらが全てを諦めて
返ってきた反応を確かめる前に、マルギオン二世はその場を去った。少なくとも、怒号も反論も浴びせられることはなかったけれど。
マルギオン二世自身が、
「なのに、神々が世界への干渉を止めてしまったら──
マルギオン二世は
「人間は──神々の操り人形でいる方が幸せなのだ」
「へえ、面白い理屈ですね」
言葉とは裏腹に、カニングスの声に皮肉の響きはない。むしろ、初めて兄弟子に興味を持ったようだ。
「師よ、お許し下さい。私は──
マルギオン二世はその古文書を暖炉に投げ入れた。ごうっと勢いを増した火が、彼の
「カニングスよ、お前はあの本を信じたのか?」
「さあ──どうでしょうね」
気が付くと、カニングスの姿は執務室から消えていた。おそらく、教団に戻るつもりはないだろう。マルギオン二世は神殿騎士団を召集し、彼を捕縛させるべきか迷い──結局、結論は出せなかった。
時は前
*
マルギオン二世の死後──。
教王領内に
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