幻想の島、幻想の恋
島主の
「ああ、世界の作者たるセリアーザ様、これが私の運命だと
島主から愛の証(オエッ!)だと押し付けられた黄金の首飾りも、マドレーナには奴隷の首輪としか思えません。
「私だって恋がしたかった。愛する人と結ばれたかった。それが叶わないなら、せめて自由でいたかった」
いっそ海に身を投げようかと、マドレーナが部屋の窓を開け放った、その時──彼女ははっと耳を澄ませました。窓の外に広がる海から、勇壮な歌声が聞こえてきたのです。
ヨーホー! 俺たちゃ無敵の海賊団、目指すはロザンナ、幻の黄金島──♪
~カメロ・グニエス著『エルナトーレ民話集』より~
*
「野郎ども、ずらかるぞ!」
「「「ヨーホー!」」」
〈
その異名の由来は、サハギンの大群による〈
『その場のノリでついやってしまった』とは本人の弁だが。
ともあれ、以来ヴィクトーロは伝説の〈青の大海賊〉ジャンピーノの再来と目されている。それはつまり、エルナトーレ海で最強の海賊という意味だ。
東風を
無益な
『島主の奴、毎晩のように宝物庫にこもって、
という、島民から聞いた話を利用した訳ではないのです、断じて。
「ひゃっほう、これで俺たちは大金持ちだぁ!」
甲板長のコッピオが宝箱から金貨をばら
〈
一生遊んで暮らせる──とまではいかずとも、相当な
マーメイドの姫君のような美女である。
「お宝は平等に山分け、それが海賊の
ヴィクトーロは多少顔を赤らめつつ、あえて気取ってみせる。女性にさり気なく想いを伝えられる程、自分が器用な人間ではないことは自覚しているので。
「俺が真っ先に最高のお宝を取っちまったな、マドレーナ?」
「ヴィクトーロ様──」
ついさっきまで、島主の
世間一般の目で見れば、
「私も海賊になります」
そんなことを言い出したマドレーナを、ヴィクトーロは笑おうとはしなかった。自分が同じことを言いだした時も、それを聞いた仲間たちは笑ったりしなかったからだ。
「そうすれば、いつも一緒に居られるでしょう? 戦い方も操船術も覚えます。お仕事の上では、一切女扱いなさらなくて結構です。決して足手まといにはなりませんから──」
「ああ、出来るさ──君なら」
そんな二人を、海賊たちはハラハラした顔で見つめている。弾丸の雨の中でさえ、笑いながら駆け抜けるような連中だと言うのに。
「あっ!?」
帆柱上の見張り台で、航海士のノビリオが
月下のロザンナ島が、虹色の光に包まれている。そして、島主の城塞が、島民の街が、弧を描く砂浜が、虹色の
この場で魔術士が
そして、マドレーナの姿も同様に。
「素敵! 一緒にエルナトーレ海を巡りましょうね」
象牙細工のような足から、イルメダ織りのドレスの
「いいえ、エルナトーレだけじゃない、セリヴェルド中の海を──」
ヴィクトーロがマドレーナを抱き寄せ、口づけを──しようとした瞬間、腕の中の彼女の感触が消える。その胸元を飾っていた黄金の首飾りだけが、虚空に残され、甲板に落下する。
その背後の海では、月光が波頭をきらめかせていた。ロザンナ島はすでに影も形もない。海賊たちがため息を
「やっぱり駄目だったか──」
「幻想島から持ち出せるのは、お宝だけだ」
エルナトーレ海に
地の星セリヴェルドを構成する、物質界と真智界──。
物質と言霊の世界であるそれぞれの界は、表裏一体にして鏡写しの関係にある。一方が
エルナトーレ海を
だが、海賊がザルヴェッツィ商会を食い尽くせば、やがて無関係の船も襲うようになるのでは──それは困るという人々の都合のいい願望が、海賊たちに新たなる
根拠はいくつもある。第一に、幻想島が出現するようになったのは、ここ数年のことである。第二に、幻想島は海賊の前にしか姿を現さない。第三に、幻想島には必ず何らかの財宝が存在する。そして、幻想島の消滅後も、海賊に回収された財宝だけは残る。そう、財宝だけは──。
「──マドレーナ」
ヴィクトーロは黄金の首飾りを拾い上げ、静かに見つめている。お宝は物質界に残されたのに、その持ち主のマドレーナは真智界に
首飾りを握り締め、挑むように月を睨む。
「海賊の執念を
*
〈
「ロザンナ島をもう一度見つけて、どうにかマドレーナを連れ出す──俺が海賊を続ける理由の一つだよ」
慣れない昔語りで乾いた
窓の外の波止場では、月光が帆を
「あ~、こんな話で納得してくれるか──って、おいおい、泣く奴があるか!?」
「ひ、ひっく、ぐすっ──せ、船長、可哀想すぎるよぉ──」
ヴィクトーロは恥ずかしい話のつもりで語ったのだが、それを聞いた新入りのラッサはべしょべしょに泣き崩れている。
なぜ〈復活の大海賊〉ともあろう男が、十四歳の小僧相手にそんな羽目に
〈青の嵐〉号に役割分担はあっても、軍船のような階級制度はない。船長のヴィクトーロとて戦闘時の指揮権がある以外は、他の海賊と立場は対等だ。リベルトに『約束を破るのは駄目だぞ、たとえ船長でもな』と
「マドレーナさんも──ひっぐ──やっと自由になれたのに」
(ったく、こんなにお
ラッサのあどけなさの残る顔に、
ラッサはミルクヤシのジュースを飲み干して、おずおずと
「ロザンナ島は──その、また現れるんでしょうか」
「分からん。同じ名前の幻想島が、再出現した例はあるらしいが」
いつか、ロザンナという名の島が再出現したとしても、それは同じ伝承が原型になっているだけの別の島かもしれない。そこにマドレーナという名の女性が居たとしても、ヴィクトーロの知るマドレーナとは別人かもしれない。いや、同一人物だったとしても──。
(そもそも、マドレーナは″人間″と呼べるのか)
彼女の消え
ラッサにそう説明して、ヴィクトーロは
「だからさ、こいつは恥ずかしい話でいいんだよ。大の男が、物語のヒロインに恋してるなんてさ」
「俺は船長を笑ったりしない!」
少年の澄み切った瞳で
「俺だって──海賊っていう物語に、恋してるようなものだし」
「──なるほど」
ヴィクトーロはいつも身に着けている黄金の首飾りを、寂しげに見つめる。そのトップ部分を
グエルコの夜は
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