ポーションにご用心!

 試練の迷宮の探索は順調だった。


「ほ~ら、捕まえてごらんなさ~い!」


 時折ペンペーン!と尻なんぞ叩きながら、柱から柱へと逃げ回る女盗賊。竜型魔動像ゴーレムが火炎を吹きかけるが、女盗賊は巧みに柱に隠れて回避する。彼女の狙い通り、魔動像は激しく動く目標を優先している。魔術士の呪文詠唱には、気付いているとしても反応しない。


「【重力倍算=鈍足ジャーディビーヤ】!」


 魔術士が短杖ワンドで空中に″×″の式符を描いた瞬間、魔動像がきしみと共に床に押し付けられる。重力を倍増させる式術を掛けられ、自重を支えられなくなったのだ。


 苛立っているかのように、轟々ごうごうと火炎を吐き散らすゴーレム。その背後から躍り出た戦士が、長槍ロングスピアを振り上げる。本来は硬い敵には不向きな武器だが──。


「くらいやがれ、【北風破城槌ボレアスハンマー】!」


 冬をもたらす風を冠する技名が、穂先を巨大な氷塊で覆う。槍を媒介に風に関する民間伝承を具現化する、ベクトラン流風槍技だ。重量と落下速度を最大限に載せた一撃が、ゴーレムの頭部を打ち砕く。


「やったか!?」


 ──と思われた、その時。


「! 危ない、下がれ!」


 魔術士の警告はわずかに遅かった。ゴーレムの体内で″火″の言霊が膨れ上がるのが見えたのだ。火炎の噴出装置の暴走、あるいは自爆だ。


 それでも咄嗟とっさに戦士が飛び退すさった瞬間、ゴーレムが爆炎に包まれ、無数の石礫いしつぶてと化して飛散する。


「大丈夫!? ああ、こりゃ不味まずいね──」


 駆け寄った女盗賊が、戦士の傷を見てうめく。深くはないが、負った箇所が問題だ。てのひらをざっくりと切り裂かれている。これでは槍が握れない。試練の迷宮はまだまだ続いている。この先も番人は待ち構えているだろう。


 生憎あいにくながら、治癒の術の使い手は不在だ。


「う~ん、この依頼クエストを終えるまでは、あいつをクビにしない方が良かったんじゃ──」

「あんな生臭、お断りよ! 聞いたことないわよ、治癒の術を使う度に金をせびる司祭なんて! 待ってて、治癒の魔剤ポーションがあるから──」


 背嚢ザックを探る女盗賊。だが、目当ての品はなかなか見つからない。


(ヤバい、品切れか──ん? これは──)


 鍵開け道具の下から、薄紫色の液体で満たされたガラス瓶が出てきた。この色は見慣れた治癒の魔剤に違いないが、問題は容器だ。貴婦人が香水でも入れていそうな、洒落しゃれたデザインなのだ。


(はて、アタイが買った魔剤は、全部地味な瓶に入ってたはずだけど──)

「どうした? 早くくれよ」

「あ、うん」


 女盗賊が治癒の魔剤を飲ませてやると、戦士の傷はみるみるふさがっていく。あたかも、自然治癒の過程を数千倍に早めているかのように。


(やっぱり、治癒の魔剤だよね──アタイの記憶違いかな?)


 傷が癒えた戦士は長槍を試し突きしてみるが、問題はなさそうだ。


「よし、行くぞ! 湧水の宝珠はこの奥だ!」


 *


 村長が枯れ井戸に青い宝珠を投げ込むと、みるみる水が満ちてくる。周囲で見守っていた村人たちも歓声を上げる。


「おお、ありがとうごぜえやす、冒険者様!」


 かくて、一行パーティの活躍で村の危機は回避された。小さな村のこと、礼金自体は大した額ではなかったが、試練の迷宮で見つけた銀貨や碧水晶も加えれば、損な依頼ではなかった。


 それから数日後、次なる冒険を求めての旅の途中。


「ちょっと、大丈夫?」


 ヨロヨロした足取りの戦士を、仲間たちが気遣きづかう。今朝からどうも、目眩めまいや寒気がするらしい。


「う~、風邪エアイーブルにでもかれたか?」

「無理するな、今日は早めに休もう」


 その夜、宿屋の寝室にて──。


 戦士は寝台で眠り込んでいた。ぐっすりと、とは言いがたい。眉間みけんにしわを寄せ、ややうなされている様子だ。


 そのほおがモゴモゴと動いている。あめでもめているかのように──だが、そんな訳はない。彼は眠っているのだから。


「んが──」


 戦士の口をこじ開け、中から何かがい出してくる。それは薄紫色の粘液の塊だった。


 水獣ポーションモドキ──獣類どうぶつはしばしば魔術めいた奇妙な能力を備えるが、彼らはその最たる例だろう。


 普段は水獣ネバリミズに似た姿だが、繁殖期になると透明な殻を発達させる。殻は何とガラス瓶そっくりの形状をしており、ポーションモドキは治癒の魔剤に擬態して、薬屋の棚や冒険者の荷物に潜り込むのだ。無論、自分を人間に飲ませる為に。


 殻は己の意思で分離可能なので、人間に飲まれる際にも不都合は生じない。味や喉越しも治癒の魔剤そっくりな上に、″命″の言霊を分け与えることで実際に負傷も癒してくれる。人間が違和感を覚えることはまずないだろう。


 こうして人間への寄生に成功したポーションモドキは、今度は数日掛けてゆっくりと宿主の″命″の言霊を吸い取る。あたかも、借金に利子を上乗せして回収するかのように。


 そして──。


「んがががっ──」


 最初のポーションモドキにひきいられるように、小指の先程の大きさのポーションモドキたちが、戦士の口から次々とい出してくる──生まれて間もない幼生たちだ。


 そう、ポーションモドキがこんな手間を掛けるのは、全生物に共通の目的、即ち生殖の為なのだ。ポーションモドキの親子は意外な程の素早さで、床や壁の穴から外界に戻っていく。そして、いつか再び、薬屋の棚や冒険者の荷物に紛れ込むのだろう。


 ″命″の言霊を吸われ続けた戦士は、しばらくは体調が優れないかもしれない。だが、直に回復するだろう。ポーションモドキは宿主の″命″の言霊を吸い尽くして、殺害したりはしない。人間との対立を避ける為の、これまた策略なのかもしれない──善意でも悪意でもない、純粋な本能に根差した。


 そして、数十年後──。


 *


「──という代物でね」

 

 博学な魔術士ナーシムの説明を、若き騎士デュライスは引きつった顔で拝聴していた。


 その手には、薄紫色の液体で満たされたガラス瓶が握られている──そう、いつの間にか荷物に紛れ込んでいたのである。


 一行の治療担当である少女司祭イリリカは、申し訳なさそうにデュライスを見つめている。出来れば謝罪もしたいところだろうが、家畜級悪魔に掛けられた沈黙の呪いの所為せいで喋れないのだ。ナーシムの見立てでは、自然解除までにはあと数時間は掛かるらしい。当然、それまでは治癒の祈りも使えない。


 彼女が居れば十分だと思っていたので、治癒の魔剤は用意していなかった──だからこそ、ナーシムがポーションモドキの正体に気付けた訳だが。


「それでも飲むかね、そいつを?」

「何で教えたあああ!?」


 半泣きでナーシムに詰め寄るデュライス。


「何も知らなけりゃ、迷わず飲めたものを──」

「だって、黙っていたら、何で教えなかったと怒るだろう?」

「そ、そいつは、まあ──うぐっ」


 足の痛みにうめくデュライス。家畜級悪魔の突進を避けきれなかったのだ。ゆっくり歩く程度なら問題ないが、戦闘はさすがに無理だ。


 闇の神メーヴェルドの紋章が刻まれた扉の向こうからは、邪悪な魔術士の詠唱がれ聞こえてくる。家畜級程度では一行をはばめないと悟って、もっと上級の悪魔を召喚しようとしているのだろう。一刻も早く突入しなければならない──そう、それはデュライスも百も承知なのだが──。


「飲めば怪我は治る。その後、そいつの──その、繁殖に協力させられることになるが、どうする?」

「────」


 デュライスはポーションモドキを横目で睨む。


 デュライスの名誉の為に断っておくが、彼は巨大なオーガーにだって立ち向かう勇者である。だが、それとこれとでは話が別と言うか何と言うか──。


 ちゃぽん。


(ひっ)


 薄紫色の中身が勝手に揺れる。飲まないの? とでも言いたげに。


 イリリカもナーシムも沈痛な表情だ。誰もデュライスに無理強いしない。いっそ「さっさと飲めや」とののしって欲しいのに。


(うう~)


 まだ決心は付かない──。

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