ポーションにご用心!
試練の迷宮の探索は順調だった。
「ほ~ら、捕まえてごらんなさ~い!」
時折ペンペーン!と尻なんぞ叩きながら、柱から柱へと逃げ回る女盗賊。竜型
「【
魔術士が
苛立っているかのように、
「くらいやがれ、【
冬をもたらす風を冠する技名が、穂先を巨大な氷塊で覆う。槍を媒介に風に関する民間伝承を具現化する、ベクトラン流風槍技だ。重量と落下速度を最大限に載せた一撃が、ゴーレムの頭部を打ち砕く。
「やったか!?」
──と思われた、その時。
「! 危ない、下がれ!」
魔術士の警告は
それでも
「大丈夫!? ああ、こりゃ
駆け寄った女盗賊が、戦士の傷を見て
「う~ん、この
「あんな生臭、お断りよ! 聞いたことないわよ、治癒の術を使う度に金をせびる司祭なんて! 待ってて、治癒の
(ヤバい、品切れか──ん? これは──)
鍵開け道具の下から、薄紫色の液体で満たされたガラス瓶が出てきた。この色は見慣れた治癒の魔剤に違いないが、問題は容器だ。貴婦人が香水でも入れていそうな、
(はて、アタイが買った魔剤は、全部地味な瓶に入ってたはずだけど──)
「どうした? 早くくれよ」
「あ、うん」
女盗賊が治癒の魔剤を飲ませてやると、戦士の傷はみるみる
(やっぱり、治癒の魔剤だよね──アタイの記憶違いかな?)
傷が癒えた戦士は長槍を試し突きしてみるが、問題はなさそうだ。
「よし、行くぞ! 湧水の宝珠はこの奥だ!」
*
村長が枯れ井戸に青い宝珠を投げ込むと、みるみる水が満ちてくる。周囲で見守っていた村人たちも歓声を上げる。
「おお、ありがとうごぜえやす、冒険者様!」
かくて、
それから数日後、次なる冒険を求めての旅の途中。
「ちょっと、大丈夫?」
ヨロヨロした足取りの戦士を、仲間たちが
「う~、
「無理するな、今日は早めに休もう」
その夜、宿屋の寝室にて──。
戦士は寝台で眠り込んでいた。ぐっすりと、とは言い
その
「んが──」
戦士の口をこじ開け、中から何かが
水獣ポーションモドキ──
普段は水獣ネバリミズに似た姿だが、繁殖期になると透明な殻を発達させる。殻は何とガラス瓶そっくりの形状をしており、ポーションモドキは治癒の魔剤に擬態して、薬屋の棚や冒険者の荷物に潜り込むのだ。無論、自分を人間に飲ませる為に。
殻は己の意思で分離可能なので、人間に飲まれる際にも不都合は生じない。味や喉越しも治癒の魔剤そっくりな上に、″命″の言霊を分け与えることで実際に負傷も癒してくれる。人間が違和感を覚えることはまずないだろう。
こうして人間への寄生に成功したポーションモドキは、今度は数日掛けてゆっくりと宿主の″命″の言霊を吸い取る。あたかも、借金に利子を上乗せして回収するかのように。
そして──。
「んがががっ──」
最初のポーションモドキに
そう、ポーションモドキがこんな手間を掛けるのは、全生物に共通の目的、即ち生殖の為なのだ。ポーションモドキの親子は意外な程の素早さで、床や壁の穴から外界に戻っていく。そして、いつか再び、薬屋の棚や冒険者の荷物に紛れ込むのだろう。
″命″の言霊を吸われ続けた戦士は、しばらくは体調が優れないかもしれない。だが、直に回復するだろう。ポーションモドキは宿主の″命″の言霊を吸い尽くして、殺害したりはしない。人間との対立を避ける為の、これまた策略なのかもしれない──善意でも悪意でもない、純粋な本能に根差した。
そして、数十年後──。
*
「──という代物でね」
博学な魔術士ナーシムの説明を、若き騎士デュライスは引きつった顔で拝聴していた。
その手には、薄紫色の液体で満たされたガラス瓶が握られている──そう、いつの間にか荷物に紛れ込んでいたのである。
一行の治療担当である少女司祭イリリカは、申し訳なさそうにデュライスを見つめている。出来れば謝罪もしたいところだろうが、家畜級悪魔に掛けられた沈黙の呪いの
彼女が居れば十分だと思っていたので、治癒の魔剤は用意していなかった──だからこそ、ナーシムがポーションモドキの正体に気付けた訳だが。
「それでも飲むかね、そいつを?」
「何で教えたあああ!?」
半泣きでナーシムに詰め寄るデュライス。
「何も知らなけりゃ、迷わず飲めたものを──」
「だって、黙っていたら、何で教えなかったと怒るだろう?」
「そ、そいつは、まあ──うぐっ」
足の痛みに
闇の神メーヴェルドの紋章が刻まれた扉の向こうからは、邪悪な魔術士の詠唱が
「飲めば怪我は治る。その後、そいつの──その、繁殖に協力させられることになるが、どうする?」
「────」
デュライスはポーションモドキを横目で睨む。
デュライスの名誉の為に断っておくが、彼は巨大なオーガーにだって立ち向かう勇者である。だが、それとこれとでは話が別と言うか何と言うか──。
ちゃぽん。
(ひっ)
薄紫色の中身が勝手に揺れる。飲まないの? とでも言いたげに。
イリリカもナーシムも沈痛な表情だ。誰もデュライスに無理強いしない。いっそ「さっさと飲めや」と
(うう~)
まだ決心は付かない──。
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