第34話

握った拳に、次々に雫が落ちた。どういう反応をしたらいいのか、わからなくて、気づいたら「ぁ、たし、」と喉が震えていた。


横を見ると、こちらを見ている伊吹が頷いた。


大丈夫、とまた言われているようで、手の甲をまた濡らした。



なんでこの人たちは、あたしの欲しい言葉を、こんなにくれるのだろう。


どうしようもなく優しくて、感じたことのない幸せを、たくさんくれる。


こんな扱いをあたしが、受けてしまっていいものなのだろうか。


父にも、母にも、ダメな子と判断されたあたしに、こんなこと。


こんなこと、許されていいのだろうか。



「小宵ちゃん」と名前を呼ばれる。


いっぱいいっぱい呼んでくれる。


あたしの名前を。


嗚咽が止まらなくなったあたしの服の裾を、隣にいる伊吹がそっと掴んでくれた。



「ぅ、っぁ、たし、は」



申し訳ない、ごめんなさい、


謝罪で埋め尽くされる心の中で、あたしは、あたしの意志は。


ここに。ここで。



「か、ぞくに、」


家の片隅で、ひとりで蹲る生活が、当たり前だった日々が明滅する。


食事をひとりで食べたあと、窓から外を眺めて星を数えて。


眠くないのに、寝たふりをして。


天井の模様をずっと眺めていた。


明日になったら、明日になれば。


そんなことを思いながらも、心の中では。


明日なんて、こなくていいとずっと思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る