第29話

あの時。


〝おかあ、さん。あたし、死にたくない〟


あたしがそう告げたとき、お母さんは心成しか傷ついた顔をしていたと思う。


多分、一緒に逝ってほしかったんだ。


だって、ひとりは嫌いな人だから。


でも、それをわかっていて、あたしは母を見送った。


いや、見殺しにしてしまった。


あたしにはどうしても、母の手をとって、向こう側にいくことが出来なかった。


いく勇気がなかった。あたしはまだ、たくさんのことに期待をしていた。


薄情なくせに、親不孝なくせに。


死にたく、なかった。




もう、誰も帰ってこない。


わかってる。それでも目を背けるように、あたしは未だにいい子であり続けようとしている。


そうすれば、いつか、誰かに認めてもらえるはずだから。


認めて、もらえるはず……がないのに。


まるで呪縛に囚われているように、ずっと同じことを願っていた。








「父さんたちが、呼んでる」


椅子に座って窓の外を眺めていたあたしに、伊吹が声を掛けた。


部屋の中でただぼーっと過ごすことが多くなった無気力なあたしに、伊吹はよく声をかけてくるようになった。

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