家族怪議

家族怪議(1)


「あなたは神を信じますか?」と聞かれれば、この村の人間ならば皆、「はい」と答えるだろう。

 昔からこの村では、山の山頂には神が住んでいると信じられて来た。

 まぁそれは、この村に限ったことじゃない。

 日本という国では至るところで、山や川、海、物にだって、神様がいると信じられて来た。

 原因がわからない、仕組みがわからない、不思議な出来事は、みんなみんな、神様のおかげだと、そう信じられて来た。

 ただ、それだけのこと。


 私の生まれたこの村でも、それは当たり前の出来事で、収穫の時期になると山神様に感謝する儀式である山祭りが行われる。

 女はそれに参加することはできないという決まりはあるげれど、そうやって、何年も何年も続いて来た風習だ。

 神への感謝を怠ると、雨が降らずに作物が育たなかったり、逆に雨が降りすぎて腐ってしまったり、生きていくためには欠かせない食料の不足につながり、たくさんの人が死ぬ。


 そうならないように、村人たちは互いに協力し合い、村全体が一つの家族のような、そんな関係を築いていた。

 そういう、どこにでもあるような村だった。


 けれど、ある年、そのどこにでもある村を立て続けに不幸が襲う。

 春は季節外れの大雪、夏は雨が降らすに地面が割れ、秋は長雨で洪水と土砂崩れ、冬は地震による雪崩に飲まれて村の半分が雪に埋まった。

 最悪の一年を終えると、今度は地震と火事が多発。

 翌年には、疫病で子供がたくさん死んだ。


 多くの村人が、こんなところではもう暮らしていけないと、別の村や町へ出て行った。

 残った村人たちは、考える。

 神様は、どうしてこんな仕打ちをするのだろうか————と。

 そのうち、誰かが言った。


「あそこに家が建ってから、おかしくなった」と。


 あそことは、この村で山の頂上に一番高い場所にある山坂やまさか家の屋敷のことである。

 山坂家の屋敷が建つまで、あそこは神様の土地だった。

 山坂家の先代当主は、村長をやっていたこともある、村人たちから信頼されていた男だったが、後継には恵まれなかった。

 一人娘に嫁いだのが、長治郎ちょうじろうという、たいそうな美男子。

 長治郎の生まれはこの村だったが、幼い頃に隣の村に養子に出されていた。

 それが、大人になって戻って来たのだ。

 先代当主が急死したあと、長治郎が若くして山坂家の当主となった。

 それと同時に、長治郎は突然、あの場所に家を建て始める。


 それまで、一番山の頂上に近い場所で暮らしていた井浦いうら家は、神社の神主として神域とされている山を守る立場にあった。

 他の村人たちも「神域に建ててはいけない」と諌めたのだが、長治郎は、「良いことをしたから、神様がこの土地を分け与えてくださったのだ」と答えたそうだ。

 確かに、長治郎のそれまでの行いは素晴らしかった。

 腹をすかせた孤児たちの世話を自ら買って出たり、村で困ったことが起こると、その身を呈して真っ先に解決に臨んでくれた姿を、立派だと賞賛する声もあがっていたのである。

 村人たちは長治郎なら、きっと神様にも良い行いをしたのだろうと、納得したが、井浦のじいさんだけは、最後まで反対していたらしい。


 そういう事情もあって、山坂家のせいという話が、村人の中で密かに広まっていたのである。

 他の村人たちが困窮していく中で、山坂家だけはなんの被害にもあわなかったということも、村人たちは良く思わなかったのだろう。


 神域にある山坂家の畑だけが常に安定した高水準の作物を作り続け、山坂家の人間はそれを村人に高値で売っていた。

 同じ村に住む我々は家族も同じではなかったのかと、不満が募っていくが、山坂家の畑の作物を買わなければ、生きていくには難しい。

 思ってはいても、直接言葉に出すことはできなかった。


 そんなことが長年続き、いつからか山坂家はこの村で一番裕福な家になった。

 私の祖母は、そんな山坂家の御曹司とは、許嫁だったらしい。

 ところが、美子よしこという女がいつの間にかその御曹司と恋仲になり、許嫁の話は頓挫。

 荒れに荒れたらしいが、仕方がなく嫁いだのが井浦家だった。

 祖母はいつも言っていた。

「山坂家が憎い」と。

「本当なら、今頃私はあの家で、幸せに暮らしていたはずなのに」と。


 許嫁の約束を反故にされたことに、かなり腹を立てていたようだ。

 息を引き取る直前まで、恨みを口にしていたほどに。


 その甲斐があったのか、祖母が死んだ翌日、山坂家は美子一人を残して、それ以外の家族全員が死んだ。

 美子の孫のタカちゃんは、まだ五歳だったのに、死んでしまった。

 祖母は山坂家のことを嫌っていたけど、タカちゃんは私に懐いていた。

 密かに弟ができたみたいで嬉しかったのに、あの子はもう、死んでしまったのかと、幼いながらに祖母の死よりも悲しかった。



「————お祖母様に頼まれましてね、少々、呪いをかけさせていただきました」



 だからこそ、祖母が死んで四十九日が過ぎた頃、私の家を尋ねて来た男が、爽やかに笑いながらそう言ったのを、私は今でも、はっきりと覚えている。


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