兄を探しています(4)
「すみませーん! お尋ねしたいことがあるんですが!」
三島さんは大きな声で言った。
それが子供の声であることに、なんの違和感も抱いていないようだ。
『どうぞ、お入りください。鍵ならかかっていませんよ』
「……あ、開いてる」
玄関の引き戸をそっと開け、三島さんは中をそっと窺う。
その隙間から、玄関の上がり口に、子供がいるのが見えた。
園児か小学生の低学年くらいの男の子のようだ。
「すみませーん! 誰かいませんかー!?」
それなのに、三島さんは呼びかけ続ける。
そこで初めて気がついた。
「……誰もいない? おばあちゃんだから、耳が遠くて聞こえないんですかね?」
「その可能性はありますね。中に入ってみましょうか? 煙も、この家の奥へ向かっていますし……ねぇ、先生」
三島さんもマネージャーさんも、見えていないんだ。
おそらく、声も……
つまり、今、目の前にいるこの子は、人間じゃない。
こんなにはっきり、人間と別の何かとの区別がつかないのはここ最近では初めてのことだった。
「……先生、聞いてます?」
「え? いや、その……」
『おじちゃん、タカちゃんが見えるの?』
「……タカちゃん?」
「……? 先生? どうしました?」
『やったー! すごい! お昼なのに、タカちゃんのこと見えるんだね! すごいや!』
タカちゃんと名乗る————おそらく、幽霊は自分の姿が見える俺に両手を上げて大喜びしている。
見えていない二人からしたら、俺が急に独り言を言い出したようにしか見えていないだろう。
「ここは、君の家?」
『うん! そーだよ』
「中に、入ってもいいかい?」
「……先生? さっきから何を?」
『うん、いーよ! 入って! 入って! タカちゃんと遊ぼう!」
不思議がっている二人にもわかるように、俺はタカちゃんがいる場所を指差して言った。
「おそらく、この家に住んでいた子供の霊だと思います。中に入っていいと言っているので、入りましょう」
「え、幽霊が!?」
「こんなお昼から見えるものなんですか? さすが、先生ですね。本物の霊能力者だ」
三島さんは幽霊と聞いて明らかに怖がっているのが表情に出ていたが、マネージャーさんには感心される。
「一応、これも仕事なんで……」
俺を先頭に、三島さん、マネージャーさんと順に玄関で靴を脱いで、煙が示す方へ歩いた。
『タカちゃんと遊んでくれないの?』
「えーと、それは、あとでな。君以外にお家の人はいないの?」
『いるよー! ママとぉ、パパとぉ、お姉ちゃんとおじいちゃん。あと、マコトおじちゃん!』
煙は玄関から見て左側にある不自然な位置にあった取ってつけたようなドアの向こうへ続いている。
ドアを開けると、長い廊下が続いていた。
タカちゃんは先頭を歩く俺の足元でちょこまかと動きながら、嬉しそうになんでも話してくれる。
『おばあちゃんはどこかに行っちゃって帰ってこないんだ』
「おばあちゃんって、美子さん?」
『そうだぉ! どうして知ってるの?』
他にもいると言っていたが、少なくとも今向かっている方向には何かがいる気配を感じ取れなかった。
むしろ、遠ざかっているような気もする。
山坂美子さんの行方も気になったが、とにかく先ずは、三島さんのお兄さんを見つけようと、何度も折れ曲がった長い廊下の先に、またドアが一つ。
煙は確実にこのドアの向こう側を指していた。
「ここです。ここに、お兄さんがいます」
「……ここに、兄が?」
こんなに奥まった場所にお兄さんが暮らしているとは思えない。
それに、ドアの前には埃が積もっていて、長い間、開け閉めをしていないように見えた。
ゆっくりドアを開けると、ギイっと嫌な音が鼓膜を揺らす。
広い洋室。
窓の前には、黒い回転椅子が背もたれの方がこちらに向けて置かれていた。
その高い背もたれの上部から、帽子のようなものがのぞいている。
「お兄ちゃん……?」
警察官の帽子。
そう見えなくもない。
「お兄ちゃん!!」
三島さんは、椅子の方へ駆け寄った。
「いやああああああああああ!!!」
俺の予想通りだった。
やはり、三島さんは死んでいた。
椅子の上に座っていたのは、警察官の制服を着た骸骨。
「お兄ちゃん!! お兄ちゃ……っ……っぅあ」
現実が受け入れられず、三島さんは椅子の前で膝から崩れ落ちた。
泣き叫んで、ショックのせいか、三島さんの呼吸は荒く、過呼吸を起こし始めている。
「三島さん、落ち着いて! 息を吐いて! マネージャーさ……————」
これは危険だと、俺はマネージャーさんの方を振り返ったが、さっきまで最後尾を歩いていたはずの、あの好青年の姿がない。
その代わり、数枚の紙と冊子が床に落ちていることに気がついた。
「え……?」
昔の映画の台本のようだ。
そして、紙の方には『山坂美子』の文字。
一瞬だったため、冒頭部分しか見えなかったが、山坂美子さんのプロフィールのようなものが書かれていた……ような気がする。
『あははっ』
タカちゃんの笑い声が聞こえた。
それと同時に、体に電流が走る。
「いっ……!?」
スタンガンだ。
過呼吸になりかけていたはずの三島さんが、俺の体にスタンガンを当てている。
その上、意味もがわからず、驚いて一瞬動けなくなった俺の後頭部を、三島さんはすかさず何か棒のようのもので叩きつけた。
老人の杖のようなものだったと思う。
一瞬の出来事だったから、よくわからない。
とにかく、その一撃で、俺は意識を失った。
『はははっ すごいや! ■■ちゃん!! すご■■■!!』
雑音が混ざったタカちゃんの声は、何を言ったのかわからなかったが、最後に鍵が閉まるような、ガチャンという音がしたことだけは、はっきりと覚えていた。
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