兄を探しています(2)

 ■■村は、かなりの田舎にあった。

 村に一番近い町から、バスで一時間ほど揺られて、さらに乗り換えなければたどり着かない。

 そのバスも、一日に数本しか走っていないので、乗り過ごしたらどうなるかは、あまり考えたくない。

 乗り換えとなるバス停には一応ベンチが置いてあるから、おそらくここで野宿————冬だったら凍死している。


 本当に何もなくて、よくたどり着けたと自分を褒めたい。

 しかし問題は、ここから先だ。

 俺は車を持っていない。

 一応、免許は持っているが、完全なペーパードライバー。

 ここから徒歩で問題の場所までたどり着けるかと言われたら、無理だ。

 日頃の運動不足を実感して、絶望していたが、三島さんは車で待ってくれていた。


「そろそろですね」


 運転していたのは三島さんのマネージャーで、三十代くらいのやけに爽やかな好青年だった。

 顔に特徴がすごいあるわけではなく、なんというか、多分顔の左右のバランスがいいんだと思う。

 作り物みたいな顔……とも言えるか。

 占い師として、少しだけ顔相学にも手を出したことがあるが、左右対称にかなり近い。

 普通なら、どちらかの目が大きかったり、口角が下がっていたりして左右非対称となる。

 確か、こういう左右対称のバランスの整った顔の人は、身も心も充実している人間だったはず。



 坂道を登り、例の家を目指していたが、近づくにつれて俺の耳は反応している。

 村のバス停に降りてすぐの時も、その雑音のせいでこのマネージャーの名前は聞き取れなかった。

 完全プライベートな用事ということで、名刺も家に忘れて来たらしい。


「マネージャーさんは、ここに来たことがあるんですか?」


 なんども聞き返すのは失礼に当たると思ったため、マネージャーさんと呼ぶことにした。


「いいえ、今日が初めてですが、どうかしました?」

「いえ、なんだか道に慣れているような気がしたので……ナビも使わずにどんどん進んで行くから、何度か来ているのかと」


 特に深い意味はない。

 三島さんのお兄さんが行方不明になったのが一年前のことだというなら、当然、勤務していたはずのこの村に様子を見に来たことあっただろうと思った。


「それはこちらについた後、交番で道順を聞いて来ましたので……それに、ほとんど一本道のようですからね」

「ああ、なるほど」


 三島さんのお兄さんは、その交番に一年前から勤務していたらしい。

 定年退職で欠員が出たためだそうだ。

 兄妹の仲はかなり良く、三島さんの動画にコメントを書き込んでくれたりもしていた。

 母親と一緒に、お兄さんの様子を見に行くことになって、動画の企画にもなると思っていたそうなのだが、実際に来てみるとお兄さんはずっと前から出勤していないと言われてしまった。

 無断欠席が続き、交番の二階が住居となっているのだが、そこにも帰ってこない。

 そこで、携帯電話に連絡してみると、「家庭の事情で、やめます」と。

 それ以降、連絡しても繋がらないので、退職手続きを取られていた。


 誰もお兄さんの消息を知っているという人は現れず、捜索願を出してもなんの意味もなかった。

 調査会社なんかにも依頼したが、そちらも何の手がかりもなし。

 そんな時、たまたまローカル番組で、俺が霊能力者として人探しをしているのを見て、依頼してきたそうだ。

 このマネージャーさんは、一年前の母親と一緒に来た時には同行していない。


「坂を登って、黒い四角い家を超えたさらに奥……って、警察の人が言っていたわね」

「ええ、おそらく、あれのことでしょう」


 右側に黒い四角い建物が見えて来た。

 確かに、四角い。

 いくつか点在していた民家と比べると、かなり新しいように思える。

 田畑が広がっている田舎に似つかわしくない、モダンな建物だ。


 その家の前を通り過ぎ、更に進むと、今度は瓦屋根の昔からの日本家屋のような大きな家が現れる。

 こっちは昭和という感じの作りだ。

 祖母が昔住んでいた家がこんな感じだったなぁと、ぼんやりと思う。


「今は誰か住んでいるんですか?」

「それが一人しか住んでいないはずだけど、たまに■■の■い■が聞こえてくるそうで」


 あ、まずい。

 雑音がひどい。


 車から降りた瞬間、雑音が酷くなった。

 しかも、めまいまで起こしている。

 これは本当にやばい。


「……大丈■■すか? 顔色がかなり悪■みたいです■ど、やっぱり、ここに何か■■んで■か?」

「いや、あの、すみません。大丈夫です。ちょっと、その、お祓いだけさせてもらっていいですか?」

「お祓い?」

「というか、自己防衛です。本当にやばいところに来た時は、これをやっておかないと汗が止まらなくなるので」


 念のため持って来て良かった。

 普段は吸わない煙草を口にくわえて、火をつける。


 三島さんは煙草は苦手なようで、明らかに顔を歪めていたが、マネージャーさんはニコニコと微笑みながら言った。


「変わった匂いのする煙草ですね。どこのメーカーのものですか?」


 ああ、良かった。

 雑音が消えた。


「一般には売られていないものなんです。ああ、怪しい薬とかじゃないですよ。魔除けに使われていたものを改良して煙草にしたもので————」


 一応、俺には師匠とよべる霊能力者がいる。

 その人の力は俺なんかよりよっぽど強くて、なんとかここまで生きてこれたのもその人のおかげだ。

 俺は本当にやばい場所に来ると、耳鳴りだけじゃなくて、三半規管もおかしくなる。

 それで目が回って気持ち悪くなるのを防ぐのには、この煙草が一番適していると、教えてくれたのもその人だ。


「これで一応は、まぁ、大丈夫です。それで、えーと、何が聞こえてくるって?」

「……笑い声」

「笑い声?」

「一人暮らしのはずなのに、まるで、家族団欒————みたいな。大勢の笑い声が聞こえて来るそうです」

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