おばあちゃんオーディション(5)

「もう、おばあちゃんたら、井浦のおばあちゃんのことまで忘れちゃったの? しっかりしてよぉ」

「変ねぇ、最近のことは覚えてなくても、昔のことはよく覚えてるのに」


 どうやらこの家の隣に井浦家があり、わた———……美子はその家の奥さんとは幼馴染らしい。

 でも、美子は、この村の出身者じゃないはず。


「井浦さんとは長い付き合いじゃないか。確か、この家に嫁いで来る前からだって……なぁ、父さん」

「そうじゃぁ、二人は子供の頃からこの村で一緒に育ってのう、わしの嫁はどっちになるかでよく喧嘩になっていたもんじゃぁ」


 設定資料と少し違いがあるのは変に思ったけれど、そんなことは今どうでもいい。

 その隣の家は監督と同じ苗字なのだから、何か関係があるかも知れない。


 一体どうなっているのか、確かめなくちゃ……!!



「ちょっと……! おばあちゃん!? どこいくの!?」


 私は隙を見て玄関へ走った。

 この歳になって、全力疾走することになるなんて……

 玄関の扉に手をかけたけれど、鍵がかかっているのか、ビクともしない。

 慌てて解除した。

 これで外に出られる。


 そう、思ったのに……


「なん、で……?」


 何度やっても、扉は開かない。

 鍵を解除しても、別のところに違う鍵があるのかと見回しても、そんなものはどこにもない。


「どうなっているの!? ここから出して!!」


 叩いても、押しても、引いても開かない。

 歩美と肇が私を止めに来たけれど、振りほどいて別の出口を探し回った。

 窓も、洗面所のそばにあった勝手口も、どこも開かない。

 どうして、なんで、出たい。

 ここから出たいのに!!


「もう、おばあちゃん、どうしたのよ!! しっかりしてよ」

「嫌だ! 放して! ここから出して! 私、帰る!! 家に帰して!!」

「おばあちゃん————」


 無理やり押さえ込まれた私を見上げながら、孝が言う。


「おばあちゃんの家はここだよ?」


 ここじゃない。

 ここじゃない。


「私は、この家のおばあちゃんじゃない!!」


 私は、美子じゃない!!


「どうして……? 何でそんなこと言うの?」


 私が否定すると、孝の瞳から光が消え、目の玉がどろりと落ちて床にこどがる。



「おばあちゃんは、タカちゃんの家族じゃない」



 目玉のない、暗い二つの空洞から、だらだらと黒い何かが滴り落ちた。




 * * *



「え……?」


 気がつくと、私は待機しているように言われたあの離れのような部屋で眠っていた。

 窓から陽の光が差し込み、朝になったのだとわかる。


「夢……?」


 あの後、何が起こったのか、全く思い出せない。

 完全に記憶が抜けている。


「あなんだって、あんな夢————……ああ、そうだ。撮影は? どうなったのかしら」


 きっと、待機している間に寝てしまったのね。

 それにしたって、起こしてくれればいいのに、なんだかとても静かだった。

 映画の撮影をしているとは思えないほど、静かな気がした。

 子役の男の子の声も、他のスタッフの声、足音の一つも聞こえない。


 不思議に思って、様子を見に行く。

 廊下を渡って、母屋がある方へ。


「どうして……?」


 誰一人、いない。

 井浦監督も、他に数名いたはずのスタッフも、役者も、誰一人、いなくなっていた。


「ま、まさか……!!」


 これは、ついさっき見た夢と、全く同じ状況だ。

 確かめるために、私は洗面所の鏡の前に立つ。


「……あ、あぁ、なんだ。よかった」


 何も変わっていないと一安心。

 私は私の姿のまま。

 美子にはなっていなかった。


「そうよね。あんなの、夢に決まっているわ……ふふふっ」


 ありえないと笑いながら、とにかく外に出ようと、玄関の扉を開ける。

 やっぱり夢じゃない。

 ちゃんと扉は開いた。


 でも————


「おはようございます。美子さん」

「え……?」


 玄関の前に、井浦監督が立っていた。

 爽やかな笑顔で、彼は私に言ったの。


「ダメじゃないですか。お役目が終わるまで、出てきてはいけませんよ」

「……お役目?」


 何を言っているのか、まったくわからず首をかしげると、井浦監督は私を玄関に押し返して、ぴしゃりと扉を閉めた。


「あなたは美子さん。この家の、おばあちゃんなんですから、勝手に外にでないでください」

「な、何を言っているんですか? 私は、美子じゃ……それは、役名の話ですよね?」

「お役目の話です」


 扉越しで、井浦監督の表情は全くわからない。

 でも、その声はとても冷たくて、淡々としていて……


「無事にお役目が果たせるまで、ここがあなたの家です。お役目が終わるまで、出てきてはいけませんよ」

「だから、お役目って、一体、何の話を……?」


 それから、私の地獄が始まった。

 外には出られない。

 昼間は誰もいないのに、夜になると、あの山坂家の家族が現れる。

 決して、外には出られない。

 何度も何度も、家族じゃないと、私は美子じゃないと否定するけれど、許してはくれない。

 このままでは、頭がおかしくなる。

 本当に、狂ってしまいそうだった。


 何度も逃亡しようとしたけれど、その度に井浦に連れ戻される。

 お役目が終わるまでと、何度も、何度も、何度も……


 日に日に、私は私じゃなくなっていく。

 美子にならなければ、美子でいれば、恐ろしい夜にはならない。

 それでも、早く、早く、ここから出たかった。

 お役目が何なのかわからない。

 私にはわからない。


 助けて、このままじゃ、私、きっと殺される。

 怖い。

 怖い。


 助けて。





【おばあちゃんオーディション 了】

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