おばあちゃんオーディション(3)
「時間の関係上、先に子役の登場シーンから撮りますので、御供さんはこちらで待機していてください。それまで、こちらを読んで役への理解を深めておいてくださいね」
私が待機するように言われた部屋は、後から増築したのか、なんとも奇妙な場所にある離れのような部屋。
そして、渡されたのは私が演じる山坂美子のこれまでの生い立ちが細かく書かれた設定資料だった。
ありがたいことに、この部屋からは嫌な感じがほとんどしなかったので、一人ぼっちにされてしまったけれど、妙な緊張は解けたわ。
お経のような声は、まだ聞こえているけれど……
「えーと、どれどれ」
オーディションで合格を勝ち取るために、私はその資料を集中して読み込む。
脚本を書いたのも井浦監督のはずだから、きっとこの設定資料も井浦監督が考えて書いたものでしょうね。
映画やドラマなんて、いつもただ見ているだけだったけれど、本編では描かれていないキャラクターの背景を、ここまで緻密に考えるものなのだと、とても感心した。
◆ ◆ ◆
山坂美子————旧姓:
その愛らしい容姿から、美子と名付けられ、宝物のように可愛がられたが、幼少期に両親が離婚。
父親が芸者と浮気をして、母親は家を追い出されたが、美子があまりに可愛らしい容姿をしていたので、海浮家は決して美子を手放そうとはしなかった。
ところが、継母となった女は美子が成長するにつれて、あまりにも美しく育ってしまったため、その美しさに嫉妬。ひどい虐待を受けることになる。
美子は美しいが勉強は苦手で、成績が悪かったことを理由に、躾と称して継母は美子に暴力を振るっていた。
女学校に通うようになると、その容姿の美しさはさらに際立つようになる。
担任の国語教師は、妻子がいる身でありながら己の欲望に負け、美子を無理矢理犯し、美子は誰にも被害を相談できずにいた。
父親が新たに始めた事業に失敗し、美子に構っている暇がなかったのである。
父親が継母に当たり散らし、継母はその鬱憤を美子を痛めつけることで晴らすという事態になり、美子の居場所はいつの間にか女学校だけになっていた。
放課後は合唱部の練習だと言って、遅くまで校舎に残り、美子は最初は無理やりだったが、やがて担任教師に依存するようになる。
しかし、他の男性教師に二人の関係が知られてしまい、美子はその教師とも関係を持つことになる。
教師の間で美子がふしだらな生徒であるという噂が密かに広がり始め、相変わらず成績の悪い美子に、進級のためだと話を持ちかける教師もいた。
美子は全て断った。
それでもどんどん噂が広がっていく中、美子が妊娠したことが発覚。
美子は父親が担任教師であることはわかっていたのだが、複数の男と肉体関係があったということになっていて、退学させられてしまう。
担任教師は妻とは別れて、美子と一緒になると約束をしてくれたのがせめてもの救いだった。
ところが、待てど暮らせど、退学後に担任教師からの連絡が途絶えてしまう。
女学校の同級生に確認すると、担任教師は他校に異動しており、そこは身重の美子が一人で行くには遠い町であった。
両親からも見放され、絶望した美子は海に身投げしてしまう。
皆が死んだと思っていた美子だったが、生まれ育った港町から遠く離れた海岸に流れ着いていた。
腹の子供は失ったが、美子は辛うじて生きていた。
美子を助けたのは、その海岸で釣りをしていた青年・山坂
大二郎は美子を医者に連れて生き、甲斐甲斐しく看病をした。
二人は恋仲になり、美子は大二郎と結婚。
ところが、子宝には恵まれないまま、大二郎が病死。
ほぼ時を同じくして、兄嫁も病死。
美子は大二郎の兄・
同時に、正一郎の長女・
二年後、二人の間に長男・
現在は肇夫婦と、美子にとっては孫にあたる
山坂家のおばあちゃんとして、家族に囲まれ幸せに暮らしている。
◆ ◆ ◆
そして、ここにすでに独り立ちした一番最初の孫である
それにしても、容姿の美しさで美子って名付けられているなら、美子の役は私なんかより、もっと綺麗な女優さんがいたんじゃないの?
私もまぁ、若い頃はそれなりに人気があったとは思うけれど……
あ、でも、美子の年齢設定が七十代になっているわね。
そこにまだ還暦を過ぎたばかりの私を持ってくるってことは、おばあさんの割には若いってことで、容姿の美しさを表現しているのかしら?
「確か、募集のポスターには五十五歳以上って書いてあったわね」
初めから、そのあたりを狙って募集をかけたのかしら?
ホラーの映画は怖くてほとんど見たことがないから、よくわからないわ。
どうして素人を使おうなんて考えたのかしら?
誰か、モデルになった人がいて、その人に私が似ているとか……?
そういえば、仏間にあった遺影……
「……それにしても、美子はいいわね。夫も子供も孫にも恵まれて、広くて大きな家で、家族に囲まれて幸せに暮らしているなんて」
そんな幸せな女を、孤独な私が、上手に演じきることはできるかしら?
「…………」
自分で考えておいて、なんだかとても惨めな気分になってしまったわ。
落ち込んでいる場合じゃない。
私も、変えなくちゃ。
なんとしても、このオーディションに合格して、新しい人生を。
第二の人生を—————
「あれ……?」
気づくと、いつの間にかずっと聞こえ得ていたお経のような声が聞こえなくなっていた。
それどころか、映画の撮影をしているとは思えないほど、静かな気がした。
子役の男の子の声も、他のスタッフの声、足音の一つも聞こえない。
不思議に思って、様子を見に行く。
廊下を渡って、母屋がある方へ。
「どうして……?」
誰一人、いない。
井浦監督も、他に数名いたはずのスタッフも、役者も、誰一人、いなくなっていた。
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