姉さんの日記(3)
失敗作は和室の押入れの床下を少し掘り返して埋めてあるが、しばらくは悪臭が漂った。
その度に罪の意識に苛まれたが、俺の部屋はアパートの角部屋で、隣の103号室も上の204号室も空室になっていて、気づかれることはなかった。
問題は、リフォームだ。
一番手っ取り早い方法は、社長に直談判。
社長は頼めば大抵のことは聞いてくれる気前のいい人だとわかっているし、あれやこれやと言い包めて、104号室の自分の部屋だけは俺がリフォームを直接やっていいことになった。
まぁ、先に大家である友人の了承も得たのが大きいだろう。
あいつは、俺がこのアパートに住み続けている理由を、優一のことがあるからだと知っているから、哀れに思って簡単に了承してくれたのだ。
役者を目指していた経験が役に立った。
そうして誰にも気づかれることなく、タバコと酒の匂いが充満した部屋からは、いつの間にかその匂いも消えていた。
そうなると、次こそは上手くやろうと思う自分と、やめた方がいいと止める自分がせめぎ合い始める。
平時はやめた方がいいと止める自分が勝つのだが、不意に優一と同じくらいの年頃の男の子を見ると、止められなかった。
そして、二人目に手を出したが、また失敗した。
曖昧な記憶では、駄目だ。
同じ年頃の子供を用意して、蘇らせたい子供の体の一部と混ぜる。
確か、そう、あの本には書いてあった。
日記にもそう書いてあったはずだが、鮮明には思い出せない。
きっと何かがを忘れているから、成功しなかったんだ。
優一の葬儀では、日記は処分したと言っていた。
だが、あいつの性格でそれはない。
俺の精神状態がよろしくないと、嘘をついたに決まっている。
どうにかして手に入れる方法はないだろうか。
タバコを咥えながら色々考えをめぐらせていると、不意に玄関の呼び鈴が鳴った。
「突然すみません、僕、隣に引っ越してきた
空き部屋だった隣の103号室に越してきたという男は、二十代後半くらいの好青年。
まるで顔のパーツの配置が全ての平均的で、左右の顔のバランスがいいのだろう。
特段特徴的な顔というわけでもなかったが、人が良さそうな顔をしているなと思った。
不思議と、初対面だというのに嫌な感じがしなかった。
井浦はにっこりと微笑みながら、軽い紙袋を渡して来た。
「これからどうぞよろしくお願いします。よかったらお受け取りください」
「あ、あぁ」
「ところで、この部屋はずいぶん変わった匂いがしますね。事故ですか? 殺人ですか?」
「へ……?」
何を言っているんだろうと、考える暇もなく井浦は勝手に部屋に上がり込み、一直線に和室の押入れを開けて、床を指差した。
「————埋まってるでしょう? 死体」
取り繕う暇もなく初対面の男に全てを言い当てられて、ああ、俺はついに捕まるのかと悟った。
二人も殺しているんだ。
これまで運良くバレずに生活できていた方だろう。
「あんた、警察の人間か?」
「いいえ、ただの民間人ですよ。ほんの少し、鼻の効くね」
ところが、予想に反して井浦はこの件は誰にも話さないと約束し、その代わり、一体何をしようとして失敗したのか、詳しく話して欲しいと言った。
* * *
「つまり、その梅子さんという方の日記と本に、蘇りの儀式の方法が書いてあり、その儀式で蘇った
「ああ、そうだ。俺の親父がそうやって蘇ったなら、書かれている通りのことをすれば、優一だって……————そう、思っているんだが」
曖昧な記憶の手順では成功できない。
日記と本、いや、俺が蘇りの儀式の手順は両方に書かれていて、必要なのは日記に書かれている箇所だけでいい。
本はいいから、梅子姉さんの日記だけでも、どうにか手に入れられないかと思案している話を、俺は井浦にした。
「優一くんのお葬式の際に、そのご友人が今の状態の家下さんには返せないと言っていたのでしたら、今ならどうでしょう?」
「今……?」
「優一くんのお葬式から何年も経っているのでしょう? その間、まぁ、一応あなたはこうして生きてこられた。多くの場合、もし家下さんのように運が悪かったとはいえ、自分の不注意で我が子を失ってしまったと考える親は、激しく自分を責めるでしょう。自責の念に駆られて、耐えきれずに自ら命を……なんて、可能性もありえます。現に、優一くんのお母様はそうだったのでしょう?」
「ああ、そうだ」
元妻は、優一の葬儀の後、優一が死んだ現実に耐えられず、精神を病んで自ら命を絶った。
俺を恨めば良かったのに、悪いのは俺に優一を預けた自分だと考えたようだ。
井浦はそんなことまでどうして知っているのかと不思議に思ったが、知っているはずがない。
ただの一般論を言っただけだろう。
「でしたら、日記だけでも返してもらえるように、別の理由を用意しましょう。目的が蘇りの儀式だと思わせなければいいだけです。例えば、その梅子さんの親類が、日記の存在を知って、読みたがっているとか」
理由なんて幾つでも思いつくでしょう?と、井浦は自分をその親類ということにしたらどうかと提案してきた。
「僕はその儀式にとても興味があるので、ぜひ、協力させてください」
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