姉さんの日記(2)


「まさか、あの儀式をやろうとしているのか?」

「あぁ、そうだ。それしかない。優一を生き返らせるんだ」

「……それは————でも、あれをするには」

「わかってる。優一とよく似た子供を見つける必要があるんだよな」

「いっくん、どういう意味か、本当にわかっているのか?」


 わかってる。

 死んだ人間を蘇らせるためには、生きた人間が必要になる。

 でも、それは優一を蘇らせるために必要なことだ。

 そのためなら……


「優一が生き返るなら、俺はなんだってする」


 俺は友人にそうはっきりと宣言した。

 だから、あの日記と本を返して欲しいと。

 だが……


「すまない。あれらはもう、とっくの昔に廃棄してしまった。結婚する前にいくつか古いものは処分してしまったんだ。もし残していたとしても、今の状態のいっくんには返せないよ」


 友人は俺の目をじっと見ながら言った。


「それに仮に、いっくんが儀式の方法を覚えていたとしても、絶対にやってはいけないよ。人間の記憶というのは、とても曖昧なものなんだ。ああいう儀式は、正しい手順を踏まなければ何が起こるかわからないからね」


 その言葉で、なんとかその場は踏みとどまった。

 いつもどこか飄飄としている友人が、あんなに真剣な顔をしているのを初めて、少し冷静になった。


 いくら息子を生き返らせたいからといって、そのために生きている別の子供の命が必要になる。

 そんなのは人間がしていいことじゃない。

 自分の子供のために、なんの罪もない子供の命を奪うのか。

 いくらなんでも、そんなこと、あってはならない。

 小さな骨壷に、優一の骨を納めながら、何度も何度も、あの日記の一文が頭をかすめる。

 蘇るために必要なものが頭を離れなかった。



 * * *


 あれから数年が経つが、俺は相変わらず優一を轢き殺してしまった駐車場があるアパートの一室に住み続けている。

 元々このアパートの大家があの友人であるということで、家賃を少し安くしてもらえているからというのが理由ではあるが、優一のことを忘れてしまわないようにするためだった。


 毎日、この家に帰って来る度に事故現場となった駐車場を目にする。

 そうして、優一のことを毎日、毎日考えるんだ。

 あの子はもう、俺の心の中でしか生きられない。

 決して、忘れるなんてことはあってはならない。


「ん……?」


 ところが、ある日のことだった。

 帰宅すると、郵便受けに『リフォームのお知らせ』と書かれていた。

 どうやら、いくつかの部屋の住人が引っ越したタイミングが重なり、リフォーム工事をするのだそうだ。

 部署が違うから、俺は知らなかったのだが工事を行うのは俺が務めている会社だった。

 元から住んでいる住人は、リフォームが終わった新しい部屋に異動するか、別の場所へ引っ越すか選んで欲しいとのこと。

 最終的には外壁や屋根も張り替えて、駐車場も整備し直すらしい。


 老朽化が進んでいるのだから、それは仕方がないことだろう。

 けれど、そうなると、優一がいたあの駐車場も、よくかくれんぼをして遊んだこの部屋も、新しくなってしまうのかと思うと、なんだかすごく複雑な気持ちだった。


 別の部屋に引っ越したりなんかしたら、いずれ俺は優一を忘れてしまうのだろうか。

 そんなのは、耐えられない。

 どうにか、このまま、この部屋からアパートから出ていくことがないようにできないだろうか、と考えながら、いつものように冷蔵庫を開ける。

 何も入っていない。


「ああ、そうだ。帰りにスーパーに寄るつもりだったのに……」


 すっかり忘れて、仕事が終わってすぐに帰ってきた自分の記憶力のなさに呆れながら、俺はその日の夕方、車で近所のスーパーまで行った。

 スーパーには、俺のような仕事帰りの男や女子高生、腰の曲がった婆さんなど様々な人間がいたが、その日は菓子売り場の前で一人座り込んでいる男の子がいた。

 歳は、多分、優一と同じくらいだ。

 顔を見ると、その顔も、優一に似ているような気がした。


 じーっと、物欲しそうにおまけ付きの菓子を見つめている。


「それが欲しいのか?」


 その姿が優一と重なって見えて、つい、声をかけてしまった。


「うん、でも、ママがダメだって」

「そうか。それなら、おじさんが買ってやろうか?」

「……本当?」


 嬉しそうなくりくりとした大きな目で見つめられ、やっぱり、優一とその子がとても似ていると思った。


「レジに一緒に行こう。買ってやるよ。どれがいい?」

「これー!」


 菓子を嬉しそうに手に取ったその子の手を引いて、俺はレジに向かい、そして会計が終わると、その子を車に乗せた。

 そして、気づくと自分のアパートまで連れ帰っていた。


 自分が何をしたのか、気付いた時にはもう手遅れだった。

 梅子姉さんの日記に書かれていた通りのことを、俺はこの名前も知らない子供を使って、実行に移した。


 だが、人の記憶とはやはり友人が言っていた通り、とても曖昧なもので、俺はきっと、どこかで手順を間違えたのだろう。

 優一は戻ってこないどころか、俺はまた一人、子供の命を奪ってしまった。

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