家族ごっこ(4)


 きっと、僕は大きな鍋の中に入れられたんだ。

 塩と胡椒をかけられたのかもしれない。

 お線香の匂いがきつくて、においは全然わからないけど。


 炒められるのだろうか。

 それとも、これから水を入れて、グツグツと茹でられるのだろうか。

 どちらしにても怖かった。

 「助けて」と叫んでも、「やめて」と叫んでも、それはうまく言葉にはならなかった。

 じたばたと手足を動かしても、縛られた手首と足首が擦れて痛い。

 ぼんやりとしたオレンジ色の明かりも、だんだん弱くなっていく。

 何か、大きな黒いもので蓋をされてしまった。


 カンカンと、釘を打つような音が聞こえる。

 鍋に蓋をして、その上、釘を打つの!?

 どうしよう。

 どうしよう。

 誰か助けて……!!


 怖いよ、怖いよ、嫌だよ!!

 死にたくないよ!!


 そう思った瞬間、鍋がぐらりと揺れた。

 どこかに運ばれているんだ。

 これから、日に炙られるのだろうか。

 あのオレンジの明かりは、近くで燃えていた炎?

 キャンプファイヤーみたいに、薪を積んで燃やしてた?


 でも不思議なことに、火に近づいているはずなのに、ちっとも暑くないんだ。

 暖かくもならない。

 それに、僕が入った鍋は円を描くようにぐるぐると揺れている。

 なんで僕がこんな目に合わなきゃならないのか、さっぱりわからない。


 あの口裂け女は、どこに行ったんだろう?

 井浦くんは、どこに行ったんだろう?

 大丈夫だって言ったじゃないか。

 井浦くんは、嘘つきだ。

 僕を助けてくれなかった。


 それどころか、口裂け女に僕を差し出したのかもしれない。

 なんて酷いやつだ!

 お姉ちゃん、井浦くんはハンサムだけど、最低な人間だよ!!

 騙されないで!!


 たくさんたくさんぐるぐるぐるぐる回されて、僕はもう、完全に方向感覚を失っていた。

 気持ちが悪い。

 バスで酔ったっ時みたいに、吐きそうだ。


 もうやめてほしい。

 気持ち悪い。

 ぐちゃくちゃになる。

 僕がぐちゃぐちゃになる。


 いい加減にして!!


 涙と鼻水と、口から出た何かでぐちゃぐちゃになりながら、絶望していた僕は、また意識を失った。




 * * *



「————起きて、タカちゃん」


 女の人の声がして、僕はまた目を開ける。

 僕の部屋の、いつもの天井が見えた。


「あ……あれ?」


 起き上がって、辺りを見回すと、僕は自分の布団の上に寝ていたらしい。

 いつも隣で寝ているお母さんとお父さんの布団はもう片付けられている。

 いつも少しだけ寝坊した朝の光景だ。


「タカちゃん、朝ごはん早く食べないと、お姉ちゃんが全部食べちゃうわよ」


 僕を起こしに来たお姉ちゃんは、そう言って部屋を出て行ってしまった。

 さっきのは、何だったんだろう。

 僕は、変な夢を見ていたんだろうか?


 朝ごはんを全部食べられるわけにはいかないから、僕は急いで布団から飛び出して、居間に行く。

 そして、すぐ隣にある台所に駆け込んだ。


 台所には、新聞を読んでいるお父さんと、眠そうにあくびをするお兄ちゃんと、もう先に食べ始めているお姉ちゃん。

 お祖母ちゃんが炊飯器の前でご飯をよそっている。

 お母さんが、コンロの前に立って、卵焼きを焼いている。

 いつもの日常。


 テーブルの上に置かれたお味噌汁から、湯気がゆらゆらと揺れている。

 何も変わらない、いつもの僕の日常だ。


 さっきのは、やっぱり夢だったのかな?

 でも、いったい、どこからだろう?


「どうしたの、タカちゃん。何だか不思議そうな顔して」


 お姉ちゃんは、僕が椅子に座らないのを不思議がっていた。

 そうだ。

 いつもなら、僕は真っ先に戸棚から自分専用の仮面ライダーのお茶碗にご飯を食べる分だけよそう。

 そうして椅子に座ったら、お母さんが僕のために砂糖をたくさん入れた甘い卵焼きをテーブルの上に置いてくれるんだ。


 今までずっと、そうして来たのに、なんで忘れてたんだろう。

 まだ少し、寝ぼけているのかもしれないな。

 戸棚で仮面ライダーのお茶碗を手にとって、いつもより少し多めにご飯をよそった。

 あれが夢だったんだって安心したら、何だかすごくお腹がすいてきたようなきがした。


 お箸も仮面ライダーのやつにしよう。

 いつもの席に座る。

 お母さんが今立っているコンロのすぐ近くの席。

 それが、僕の特等席。


「————はい、タカちゃんの卵焼きできたわよ」


 後ろからすっと手が伸びて、僕の目の前に焼きたての甘い卵焼きが置かれる。

 でも、どうしてだろう?

 何かが、いつもと違う気がする。

 ああそうか。

 いつもは少し焦げて茶色いところがあるけど、今日は焦げたところが一つもないんだ。


 だから、いつもの卵焼きよりずっと黄色くて、料理の見本みたいな卵焼きの色なんだと思った。

 僕はさっそく卵焼きを食べる。


「……しょっぱい」


 卵焼きが甘くない。

 いつもの卵焼きの味じゃない。

 僕の好きなお母さんの卵焼きの味じゃない。


「お母さん、塩と砂糖間違えたんじゃ————」


 そう言いかけて、隣に座っているお母さんの顔を見る。


「あら、そんなわけないわよ」



 夢の中で見た、口裂け女と同じ顔をしていた。






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