家族ごっこ

家族ごっこ(1)

「今日は、私がお母さんよ」


 その女の人は、全く知らない人だった。

 公園で友達が来るのを待ちながら、ブランコで遊んでいたら、知らない髪の長い女の人が、僕に向かってそう言った。

 もう少しスピードを出そうとした直後だったのに、声をかけられたから仕方がなく足でブレーキをかける。

 最初は何を言われたのか分からなかったけれど、きっと僕が公園でひとりぼっちで遊んでいる、友達のいない可哀想なやつだと思って、声をかけたんだと思う。


「お姉さん、今、なんて言ったの?」


 オバサンというには、若すぎるような気がして、お姉さんと呼んだ。

 だって、僕のお母さんより若い。

 一番上のお姉ちゃんよりは、年上な気がするけれど……

 前に親戚の人にオバサンって言ったら、ものすごく怒られたから、それ以来、女の人をオバサンとは呼ばないように気を使っている。

 でも、その人はそれが多分、気に入らなかったんだと思う。


「今日は、私がお母さんよ」


 聞き返したのに、全く同じ声の大きさで同じことを言った。

 普通、相手がよく聞こえていなかったなら、声を大きくしたり、ゆっくり言ったりするものなのに……

 すごく綺麗な女の人だと思ったけど、そういう意地悪なことをするんだなぁと思った。


「……もしかして、家族ごっこがしたいの?」


 なんとかごっこなら、幼稚園でたくさんやってる。

 ヒーローごっこの方が多いけど、お母さんてことは、家族ごっこ————おままごとだ。

 おままごとなんて女の子の遊びだってバカにする奴もいるけど、僕はお姉ちゃんと一緒に遊ぶことも多かったから、おままごとには慣れっこなんだ。

 幼稚園では、いつも飼い犬のポチの役だけど……


 謎の女の人は、僕の質問に頷いた。


「それなら、僕は何の役? お父さん? お兄ちゃん? 弟?」

「タカちゃん」

「え?」


 どうして、僕の名前を知っているんだろう?


「お姉さん、誰なの?」

「お母さんよ」

「そうじゃなくて……タカちゃんは何? 弟? お兄ちゃん」

「私がお母さんよ」

「うーん、だからさぁ、そういうことじゃなくて……」

「私がお母さんよ、タカちゃん」


 なんだか話が通じているのか、通じていないのかわからない。

 確かに僕の名前は隆彦たかひこで、タカちゃんだけど、この人が誰だかわからないし、僕のこと言っているのかもわからない。

 最初から返事なんてしなきゃよかったと、ちょっと後悔した。

 僕の方が悪いことをしてしまったような気がして、こんな知らない人の話なんて無視して、もう一度ブランコを漕ぎ出そうとしたけど、謎の女の人にブランコの鎖を掴んで無理やり止められてしまった。


「何するの? 離してよ!」

「私がお母さんよ」

「そうじゃなくて……!! 僕、家族ごっこなんてしたくないよ」

「今日は、私がお母さんなのよ」

「いやだってば!」

「お母さんの言うことが聞けないの? 悪い子ね」

「悪い子? 何言ってるの?」


 睨みつけても、鎖をつかんでいる手を払おうとしても、大人の力にはかなわない。

 仕方がなく、僕はブランコを降りて、逃げた。

 謎の女の人は、僕を追いかけて来たけど、僕が公園の外に出たらピタリと止まって、ただ、僕をじっと見つめているだった。


 なんだかとても怖くなって、走って家に帰ると、すぐに遊ぶ約束をしていた友達から電話が来る。

「ずっと待っていたのに、どうして公園に来なかったの?」って言われて、僕は意味がわからなかった。

 僕はずっと、公園のブランコで待っていたのに、どうして?

 それなのに、友達は公園には誰もいなかったって、そう言うんだ。

 どうして嘘をつくんだろう?

 次の日、幼稚園で会ったけど、他の友達も同じことを言うんだ。

 僕だけが、昨日公園に来なかったって。

 僕は嘘なんてついていないのに、僕が嘘をついているって、みんな言うんだ。



 それから、またあの公園で遊ぶことになった。

 近所なんだから仕方がない。

 今度は、公園で待ち合わせじゃなくて、みんなで僕を家まで迎えに来てくれることになった。

 でも、不思議なことに誰も迎えに来てくれないんだ。

 仕方がないから、僕は公園に向かった。

 お母さんには、もし入れ違いで友達が迎えに来たら、公園に行ったって言っておいてもらうことにして。


 一人で公園に行く。

 この前の謎の女の人のことを思い出して、少し怖かった。

 公園に近づくと、なんだか足が重くなる。

 そんな気がした。


 公園のフェンスが見えて、僕は中には入らずにフェンスの外側から公園の様子を見る。

 砂場にも、鉄棒のところにも、ジャングルジムにも、滑り台の場所にも、誰もいない。


 でも、ブランコの前に、髪の長い女の人が立っていた。

 顔は見えなかったけど、この前の人だと思った。

 謎の女の人が、ブランコの横に立っている。

 僕に背中を向けて、立っている。


 そして、首だけをフクロウみたいにをぐるんと動かして、僕を見る。


「タカちゃん、今日から私がお母さんよ」


 笑っていた。


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