おうちかくれんぼ(5)
警察に連絡すると、パトカーがサイレンを鳴らして戻って来た。
こんな田舎の村で、サイレンを鳴らしてパトカーが走るなんてことはとても珍しいことのようで、何事かと村中の人々がパトカーを追ってぞろぞろと集まってくる。
鑑識の人たちが到着した頃には、誰一人歩いていなかった静かな場所が、野次馬だらけで騒然となっていた。
第一発見者として、詳しく事情を聞かれることになった俺は、交番ではなく管轄の大きな警察署にパトカーに乗って行くことになった。
とても自分で運転できる状況ではなかったからだ。
あんなものを見て、平気でいられるわけがない。
不思議なもので、骨だけであったらならここまで怖いとか気持ちが悪いとは思わなかったのに、骨になりかけている死体は思い出しただけで、ずっと手足が震えていたし、何度も吐きそうになった。
そんな中、パトカーの窓からふと外を見ると、あの黒い四角い家の前を通り過ぎる。
玄関の前に立っていた男と目があった。
「……井浦?」
一瞬の出来事ではあったが、その男が、俺には井浦に見えたのだ。
それも、どこか笑っているような、そんな気がした。
後日、井浦にあの場にいたのか確認しようと管理会社に連絡したが、「井浦という社員はいない」と言われてしまった。
「そんなわけない! じゃぁ、あの日、俺の家に来た男は一体誰だったんだ!」
俺はもう一度確認してほしいと食い下がったが、やはりそんな男は見つからない。
結局、あの家の前にいた人物も、俺の家に来た人物も誰だかわからないまま、さらに数日が経つ。
警察からはなんの連絡もないまま、テレビのニュースで俺はその事件の概要を知ることになった。
見つかった死体のうち四体は、確かに山坂一家のものであったらしい。
残りの一体は、身元不明の男性のものだった。
東京で一人暮らしをしていた山坂一家の娘さんの話によると、その男性には見覚えがない。
全く誰だかわからない、知らないおじさんだと言ったそうだ。
* * *
「それで、結局、あのアパートから見つかった子供は誰だったの?」
「知らないよ。あれから、なんの音沙汰もないんだ」
実家に帰ると、母からどうなったのか質問責めにあった。
俺だって聞きたいくらいだ。
でも、警察に確認したが、もうアパートを取り壊していいと言われただけで、それ以上のことは何も言われなかった。
「アパートの解体は明日から始まるし、とりあえず一安心ってことでいいのかしらね?」
「多分な」
「多分って、そんな他人事みたいに……お祖父ちゃんのアパートで起きたことよ? それも、あのアパートだけはあんたに相続するって遺言書まで書いていたんだから」
母はお前は昔から冷たいだのなんだのぐちぐち言われ、全部聞き流した。
俺は祖父の仏壇の前で手を合わせ、なんでなんの説明もなく死んでしまったんだと、心の中で悪態をつく。
すると、ふと、仏壇の横にある押入れの方に目がいった。
子供の頃、かくれんぼで俺が隠れた、押入れの下。
あの扉がどうなっているか、気になったのだ。
仏壇があるこの部屋は、祖父の部屋だった。
押入れの上の段には、祖父の布団が入っているが、下段には何も入っていない。
開けて見ると、それは、今も変わらず、空っぽのままだった。
かくれんぼでこの点検口の下に入ったのは、あの時の一回だけ。
祖父の様子がいつもと違って、なんだかとても悪いことをしたような、そんな気がして以来、俺はこの押入れ自体に近づくことはしなくなっていた。
大人になって改めて見ると、あのアパートの押入れによく似ているように思えた。
恐る恐る開けて見ると、アパートとは違って、当然ながら、骨なんて見つからない。
「え?」
アパートと違って、木製の階段が出て来た。
これは点検口じゃない。
地下室に続く階段だ。
スマホのライトで照らしながら、下に降りてみると、六畳程の書斎が見つかる。
俺の記憶の中のものとはまるで違う、秘密基地のような部屋。
壁一面に置かれた本棚には、古い本がたくさん並んでいた。
それも、なんだか怪しい本ばかり。
幽霊、守護霊、神仏、呪い、儀式、因習、風習など、なんともオカルトっぽいタイトルの背表紙の本がずらり。
机の上には付箋が挟まった怪しい儀式の本が置いてあり、少し手に取って読んで見ると死者を蘇らせる方法のようなものが書かれていた。
昔の手書きの文字のようで、あまりに達筆すぎて俺にはよくわからなかった。
祖父にそんな趣味があったなんて意外だなと思ったが、どう考えても、あの時、俺が隠れた場所がここだったとは思えない。
記憶は定かじゃないが、こんな場所を見つけていたら普通、覚えているものじゃないかと思った。
「————なぁ、母さん、あの地下室って、いつから?」
「地下室? え? ああ、押入れの下から入れるあれのこと?」
「あぁ、ほら、俺よくじいちゃんと遊んでて、かくれんぼとか……その時は、なかったよな?」
「……何言ってるの? あの地下室なら、私が結婚するずっと前からあったわよ?」
「え?」
「この家を最初に建てた頃からじゃなかったかしら」
「え? でも、じいちゃんとかくれんぼした時……俺、出られなくなって————」
母は俺が何を言っているのだろうと一瞬、小首を傾げたが、すぐに思い出して、手をポンと叩いた。
「ああ、それなら聞いたことあるわ。あのおうちかくれんぼ事件でしょ? この家じゃないわよ。お祖父ちゃんが持ってたアパートかマンションだったと思うわ」
「え?」
「覚えてない? ほら、私がパリに出張で、お父さんも仕事が忙しかったから、お祖父ちゃんとお祖父ちゃんのお友達と一緒に遊んでもらって————あんた突然高熱出して入院したのよ。私なんて仕事全部放っぽり出して、パリから飛んで帰って来たんだから」
「そんな、まさか……」
「大変だったのに、覚えてないの? まぁ、でも、子供の頃の記憶なんて曖昧なものでしょうし、仕方がないわね」
全く覚えていない。
ただ、母が言うにはその日以来、俺は一切、祖父とかくれんぼをしたがらなくなった。
その原因を、祖父は知っているようだったが、決して話してはくれなかったらしい。
「きっと、何かとっても怖い思いをしたのね」
母はそう言って、幼い頃の俺を懐かしむように笑った。
【おうちかくれんぼ 了】
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