おうちかくれんぼ

おうちかくれんぼ(1)

 それは、ある日の夏の終わり、祖父の四十九日法要が終わった日のことだった。

 祖父が所有していた古い二階建のアパートを相続することになった俺は、そのアパートをリフォームするか一度まっさらな状態にして建て替えをするか非常に迷っていた。

 随分前から新たな入居者が見つからず、祖父の入院も重なって、アパートのことはほとんど放置されていたらしい。

 古いアパートだし、俺の好きにしていいと言われていたが、実際に現在の状況を確認しようと思った。


 そこで四十九日法要を終えたその足で管理会社へ行き、担当者から鍵を受け取った。

 戦後、昭和の中頃に建てられたアパートだそうで、立地もそれなりによく、全盛期には募集をかければすぐに新しい入居者が決まる。

 そういう人気の物件だったらしいが、昭和の終わり頃に全面的にリフォームをした、その後、バブルがはじけてこのアパートが建っている土地一体の価格は暴落。

 平成の中頃には、家賃を大幅に下げ、不景気で職を失った若者や老人を中心に住むようになっていたらしい。


 祖父は他にもいくつかアパートやマンション、駐車場などの土地を所有していたものの、なぜかこのアパートだけは決して売ろうとはしなかったそうだ。

 その理由は、祖父が亡くなった今、誰にもわからない。

 平成の終わり頃には、すっかり古びてしまったこのアパートに住んでいた住人は皆引っ越したり、亡くなったりして、8部屋中8部屋とも空室となっている。

 最後に人が住んでいたのは、二年前のことだそうだ。


 管理会社の担当者の話によれば、この三年程はどういうわけか入っても、すぐに出て行ってしまうのだとか。

 そして、必ずと言っていいほど、その理由が「子供の足音がうるさい」「子供の声がうるさい」という騒音トラブルだった。

 ちょうどその頃、近所に私立保育園が出来たらしく、その騒音のせいではないかとのこと。

 ところが、アパートへ行くまでの間に、その保育園前を通ったが、俺は特にうるさいだなんて感じなかった。

 今が夏ということもあり、炎天下の外で遊ばせてはいないようだが、確かに開いていた窓から子供達の元気な声が時折聞こえたりもする。

 けれど、窓さえ閉めてしまえば、気にならない程度のような気もした。


「まずは、一階からだな」


 誰かと一緒に来たわけではない。

 完全な独り言を口にしつつ、101号室の鍵を開けて、中に入る。

 連日の猛暑のため、換気もされていない室内は埃臭く、外と変わらないくらい暑かった。

 仕方がなくハンディファンを回しながら、一応靴を脱ぎ中に入る。


 玄関を入ってすぐのところに小さいが台所があり、リビングは一応フローリングだが色は日に焼けて色は褪せていた。

 間取りは一応1LDKとなってはいるが、和室。

 こちらも日当たりは良好なようで、カーテンの外された窓から、直接入る太陽の光が畳を焼いてしまっている。

 家具が置かれていた場所とは明らかに畳の色が違って、このままリノベーションをするとしたら、畳の張り替えは必須だろうなと思った。


「うわ、なんだこの黒いの」


 その上、押入れの前には、何かをこぼしたような、黒いシミもある。

 襖も所々破けていたし、もしかしたら、何か動物を飼っていたのかもしれない。

 ペット可ではなかったはずだが……


 102号室と103号室も、全く同じ作りの部屋で、日に焼け具合に多少違いがあるのは、おそらく置いていた家具の配置によるものだろう。

 103号室は最後の住人が暮らしていた部屋だったせいか、101号室や102号室のように古いなんだかわからないシミのような汚れは特に見つからなかった。


 問題なのは、104号室だ。

 玄関を開けた途端、明らかに様子が違った。

 これまで見て来た三つの部屋と、壁紙の色も床の色も明らかに古い。

 平成の初めにリフォームしているはずなのだが、この部屋だけは完全に時間が止まっているようだった。


「そういえば、この部屋だけリフォームは住人の人が自分でやったって言ってたな」


 管理会社で鍵を受け取った時、担当者が話していたのを思い出した。

 104号室には、四十年近くの長い間、祖父の友人だという建築関係の仕事をしていた男が一人で暮らしていたらしい。

 大工か何かだったらしく、他の部屋のリフォームも、この部屋の住人が勤めていた会社で全て行ったのだとか。

 三年ほど前にこの部屋の玄関で倒れているのが見つかったそうだ。

 倒れた脚立と、割れた電球が床に落ちていたため、電球を取り替えようとして足を踏み外して転倒し、頭をぶつけたようだ。


 当時、隣の103号室の住人が、大きな物音を聞いて様子を見に行き、すぐに救急車を読んだそうだが、搬送先の病院で息を引き取ったのだとか。

 病院で亡くなった為、一応、事故物件ではないのだが、祖父も友人を偲んでなのか、104号室だけは新たな入居者を募集していなかった。

 そもそも他の部屋と同じようにしなければ、こんな古い部屋に入居したいだなんて思う人は現れないだろう。


「取り壊した方が良さそうだなぁ」


 一応二階の残りの四部屋も確認し、建て替えの方向で話を進めようかと思った時には、日が傾き始めていた。

 オレンジ色の西日が、日当たりの良い窓から差し込んでる。

 ブレーカーは落としたままになっているため、暗くなる前に帰ろうと204号室の玄関で靴を履いている時だった。


『————あははは』


 子供の笑い声が、背後から聞こえたのは。


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